デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「治子女王」の解説 治子女王 はるこじょおう 1720-1747 江戸時代中期,直仁(なおひと)親王の第1王女。享保(きょうほう)5年7月13日生まれ。母は関白近衛基煕(もとひろ)の娘。元文5年(1740)西本願寺の湛如と結婚。寛保(かんぽう)元年(1741)湛如の死去によって剃髪(ていはつ),光暁院と号した。延享4年2月25日死去。28歳。幼称は始宮(もとみや)。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
367日誕生日大事典 「治子女王」の解説 治子女王 (はるこじょおう) 生年月日:1720年7月13日江戸時代中期の女性。閑院宮直仁親王の第1王女1747年没 出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報