日本歴史地名大系 「泉陣屋跡」の解説
泉陣屋跡
いずみじんやあと
[現在地名]いわき市泉町
泉町のいわき市立泉公民館に「泉城址」の石標があり、この一帯に泉藩の陣屋が置かれた。寛永一一年(一六三四)内藤忠興が父政長の家督を継いで磐城平藩七万石を領し、忠興の所領二万石を父の遺命により弟政晴に与えたことで、泉藩が成立。政晴は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
泉町のいわき市立泉公民館に「泉城址」の石標があり、この一帯に泉藩の陣屋が置かれた。寛永一一年(一六三四)内藤忠興が父政長の家督を継いで磐城平藩七万石を領し、忠興の所領二万石を父の遺命により弟政晴に与えたことで、泉藩が成立。政晴は
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