泉陣屋跡(読み)いずみじんやあと

日本歴史地名大系 「泉陣屋跡」の解説

泉陣屋跡
いずみじんやあと

[現在地名]いわき市泉町

泉町のいわき市立泉公民館に「泉城址」の石標があり、この一帯に泉藩の陣屋が置かれた。寛永一一年(一六三四)内藤忠興が父政長の家督を継いで磐城平藩七万石を領し、忠興の所領二万石を父の遺命により弟政晴に与えたことで、泉藩が成立。政晴は平の高月たいらのたかつきに住み、正保三年(一六四六)その子政親が跡を継ぎ、寛文八年(一六六八)菊多きくた郡泉村・滝尻たきじり村の村境にまたがる松原に居館や城下町造営を始めた。館の周囲には、東側一一二間・南側一一九間・西側一一七間・北側一二五間の堀がめぐらされた。表門(大手門)、裏門ともに左右の袖に塀があるのみで四方は高さ五、六尺の土塁を築いた。家臣の屋敷を館の北東に配し、米蔵・焔硝蔵を館の南に置いた。東側の家臣の屋敷を隔てて南北に通ずる幅六間の道があり、六〇軒ほどの町屋が軒を並べた(「本多侯在所奥州菊多郡泉館之図」いわき市史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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