法心寺(読み)ほうしんじ

日本歴史地名大系 「法心寺」の解説

法心寺
ほうしんじ

[現在地名]大分市鶴崎

雲鶴山と号し、日蓮宗本尊は証明法華多宝如来・法華題目・釈迦如来。慶長六年(一六〇一)肥後熊本藩主加藤清正の命により創建開山は日栄(豊後国志)。宝永二年(一七〇五)には住持に永代聖号が許され、文政一一年(一八二八)には緋紋白袈裟が許された(明治二三年「寺院明細帳」県立大分図書館蔵)。創建時の境内は二反四畝で年貢免除とされており、加藤氏時代は毎年一〇石が寄付された(肥後国誌)。文化一〇年(一八一三)には檀那が八〇〇余軒の「近郷の大寺」で(高田風土記)、明治二三年(一八九〇)当時境内には本堂庫裏・鐘楼・経蔵・二王門・門・書院・祖師堂・鎮守堂・浄池堂があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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