日本歴史地名大系 「波切村」の解説
波切村
なきりむら
志摩半島の東南端、大王崎があり、西の
近世を通じて鳥羽藩領で、英虞郡に属した。享保一一年(一七二六)の村差出帳(徳川林政史蔵)によれば、高九〇九・〇九四石のうち浦役二・九石、水主米七九・〇一九石が寛文四年(一六六四)から定引となり、反畝不明の無地三五・四三一石がある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
志摩半島の東南端、大王崎があり、西の
近世を通じて鳥羽藩領で、英虞郡に属した。享保一一年(一七二六)の村差出帳(徳川林政史蔵)によれば、高九〇九・〇九四石のうち浦役二・九石、水主米七九・〇一九石が寛文四年(一六六四)から定引となり、反畝不明の無地三五・四三一石がある。
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