朝日日本歴史人物事典 「洪喜男」の解説
洪喜男
生年:宣祖28(1595)
朝鮮王朝中期の官人。日本語読みは「こう・きだん」。字は子悦。仁祖4(1626)年から孝宗10(1659)年まで倭学訳官であったことが確認できる。対馬への訳官使や通信使随行の訳官としてしばしば来日。寛永11(1634)年曲馬団を率いて来日し,柳川一件(宗義成と柳川調興の争論)での宗氏側勝利を報告するなど,17世紀前半から中葉にかけ,朝鮮政府にとって最も信頼できる知日派訳官のひとりであった。
(鶴田啓)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報