コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

浮田荘 うきたのしょう

2件 の用語解説(浮田荘の意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

浮田荘【うきたのしょう】

日向国宮崎郡にあった荘園で,現宮崎市浮田を中心とする一帯に比定。1057年国司菅野政義が宮崎郡内の地を区画し豊前宇佐宮に寄進して成立した。1095年には柏原(かしわばる)別符などを分出。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

うきたのしょう【浮田荘】

日向国宮崎郡(旧,生目村。現,宮崎市浮田)の荘園。1057年(天喜5)施入された荒野を開発したのに始まる。諸県荘と並んで宇佐神領の基本的な荘園とされる。95年(嘉保2)には柏原別符,長峰別符,細江別符を分出。《八幡宇佐宮御神領大鏡》には起請定田112町とあるが,1197年(建久8)の《日向国図田帳》では田数300町となっており,弁済使として故宇佐宮司公通宿禰俊(後)家の名がみえる。1203年(建仁3)公通の嫡子公定が亡母佐伯四子の譲に任せ鎌倉幕府より浮田荘の地頭弁済使職を安堵された。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

浮田荘の関連キーワード田野宮崎市宮崎宮崎平野宮崎医科大学宮崎大学宮崎銀行宮崎国際大学宮崎空港松尾宇一

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone