海南朱子学(読み)かいなんしゅしがく

精選版 日本国語大辞典の解説

かいなん‐しゅしがく【海南朱子学】

〘名〙 (海南(四国)の土佐国(高知県)に興隆したところからいう) 日本における朱子学の一派。南村梅軒を祖とし、谷時中小倉三省野中兼山山崎闇斎などがこれに属する。精神的偉力をたっとび、実践躬行を主眼とする。海南学。南学。

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世界大百科事典内の海南朱子学の言及

【谷時中】より

…土佐の人。初め仏門に入ったが,のち海南朱子学(16世紀の中ごろ,南村梅軒が土佐に伝えたといわれる儒学)の天室に従って儒学を学び,ついに儒者として朱子学を土佐に唱え,当時これを南学と称した。野中兼山,山崎闇斎らがその教えを受け,単に土佐海南朱子学の確立者たるのみならず,日本近世朱子学の首唱者となる。…

【山崎闇斎】より

…浪人の子として生まれ,1632年(寛永9)京都妙心寺に入って僧となり,土佐山内氏の一族湘南和尚のすすめで,36年土佐吸江寺に住した。当時土佐には谷時中,野中兼山,小倉三省などを中心に儒学(海南朱子学)が流行しており,その影響を受けた闇斎は42年儒に転じた。のち京に帰り,次いで還俗してもっぱら純正朱子学を講じ,学ぶ者が多かった。…

※「海南朱子学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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