海津中村町(読み)かいづなかむらまち

日本歴史地名大系 「海津中村町」の解説

海津中村町
かいづなかむらまち

[現在地名]マキノ町海津

海津三町の町並の中央にある。享徳三年(一四五四)頃と思われる旦那在所注文(熊野那智大社文書)に「なかむら」とある。幕府領で高二二五石余であったが、寛文八年(一六六八)当町のうち東側部分の一七一石余、小物成一石八斗余、葭川海役銀三二匁余が加賀藩領となり、加賀藩の屋敷が置かれた。残余は幕府領のままであった。加賀藩領分は今津いまづ(現今津町)大庄屋の今津甚右衛門家の支配を受けた。加賀藩屋敷は加賀藩米を陸上輸送から湖上輸送するための倉庫の意味ももっていたため、西廻航路の開通により意義を失い、元禄三年(一六九〇)松屋孫兵衛に与えられた(「松雲公採集遺編類纂」金沢市立図書館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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