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清九郎 せいくろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

清九郎 せいくろう

?-1472 室町時代の農民。
近江(おうみ)(滋賀県)西浅井郡菅浦の惣(村落自治組織)の乙名(おとな)(長老)。寛正(かんしょう)2年(1461)大浦荘との境界紛争が再燃して合戦になったとき,出家し攻撃軍に降伏,地頭松平益親の仲裁によって菅浦全滅の危機をすくった。その後惣の再建につとめた。文明4年11月8日死去。法名は道清。

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朝日日本歴史人物事典の解説

清九郎

没年:文明4.11.8(1472.12.8)
生年:生年不詳
室町時代の農民。入道して清検校道清と称す。村落自治で著名な近江西浅井郡菅浦(滋賀県西浅井町)の乙名として村落運営に当たった。文安2(1445)年,菅浦と隣荘三井寺円満院領大浦荘との間で入会山のことが契機となって紛争が生じ,同年7月には死傷者多数を出す合戦に発展,幕府の裁判に持ち込まれた。大浦側は領家である将軍夫人の裏松家の縁でいったん勝訴したが,清九郎は公家の山科家や本所の山門華王院の援助を仰ぎ,結局は菅浦側の逆転勝訴に持ち込んだ。次いで寛正2(1461)年,菅浦住人が盗難の嫌疑で大浦側に殺されたことから紛争が再燃,幕府の裁判で湯起請の結果菅浦の非となり,詫状も聞かれず,大浦はじめ隣荘の軍勢数万による包囲,攻撃を受けた。亡荘の危機に直面した菅浦では清九郎が死を覚悟で剃髪して攻撃軍に降伏して出,地頭松平氏の斡旋で争乱は収拾され,清九郎も助命された。その後も惣の再建に奔走し,年貢半減と借金完済に成功,村民から惣の英雄として慕われた。室町期の村落指導者として代表的な人物。

(今谷明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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