仲裁の語は、一般に、当事者が選んだ第三者たる私人(仲裁人、仲裁委員会など)に紛争についての判断を任せて、その判断に服従することを約束し、それに拘束されることにより紛争を解決する方法として、さまざまな場合に用いられている。法律上の用語としても、国際法上、民事上、労働法上などの紛争解決の方法として使用されている(国際法上は「国際裁判」を参照)。なお、民事訴訟法上の仲裁手続に関する規定は、旧民事訴訟法(大正15年法をいう)中、その第8編「仲裁手続」に規定されていたが、旧旧民事訴訟法(明治23年法をいう)以来、ほとんど改正されることがなかった。1996年(平成8)の民事訴訟法の全面的改正にあたっても、第7編「公示催告手続」とともに、改正されずに残されることとなったが、新民事訴訟法(平成8年法律第109号)には入らず、独立した法律「公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律」(明治23年法律第29号)の第764~805条として温存されていた。しかし、その後、新たに仲裁法(平成15年法律第138号)が制定され仲裁手続を規定し、今日に至っている(「公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律」は、「公示催告手続ニ関スル法律」と改称し、その後廃止された)。
[内田武吉・加藤哲夫]
本来は、国家の司法裁判所により判断されるべき民事上の紛争を、当事者の合意に基づいて、裁判所にかわる私的な裁判機関の仲裁判断により裁定するのが仲裁手続であるから、他の紛争解決手続とは次のような相違がある。まず、紛争解決の基準となる判断の成立のために当事者の合意は必要でない。その点で裁判上の和解や調停と異なる。また判断機関が国家機関たる裁判所ではなく、当事者により選定された私人たる仲裁人である点で、民事訴訟とは異なる。そこで、仲裁判断には確定判決と同一の効力が与えられている(仲裁法45条1項本文)が、すべての点について同一なのではなく、仲裁判断によってはただちに強制執行をすることはできない。強制執行のためには、国家機関としての裁判所によって執行を許す旨の執行決定を得たうえでなければ許されない(同法45条1項但書)。なお、当事者間に当該事件につき仲裁合意が存在するにもかかわらず、それを無視してその事件を民事訴訟による訴えとして提起したときは、仲裁合意の存在が訴訟上の障害(消極的訴訟要件)となって、起こされた訴えは不適法として却下される(同法14条1項本文)。
仲裁合意とは、私的自治の原則が妥当する私的利益に関する紛争(民事上の紛争)の全部または一部の解決を仲裁人にゆだねるとともに、その判断に服する旨の合意をいう(仲裁法2条1項)。すでに生じた民事上の紛争でも、将来において生ずる紛争でも合意の対象とすることができる。将来において生ずる紛争については、出訴権の放棄の効果が伴うから、一定の法律関係およびその関係から生ずる紛争に特定されることが必要であり(同法2条1項)、将来発生するすべての紛争に関する仲裁契約などは無効である。
仲裁合意は、通常の私法上の契約の要件のほかに、原則として当事者が和解をすることができる民事上の紛争(離婚または離縁の紛争を除く)を対象とする場合に限り有効である(仲裁法13条1項)。その合意は、書面によらなければならない(同法13条2項)。
仲裁人の選任手続は、当事者が合意により定めるところによる(仲裁法17条1項本文)。選任手続に関する合意があっても選任行為がなされない場合などには、一方の当事者は、裁判所に対し、仲裁人の選任を申し立てることができる(同法17条1項但書、5項、6項)。なお当事者は一定の事由がある場合には、仲裁人を忌避することができる(同法18条、19条)。
仲裁判断をするための審理は、1人の仲裁人または2人以上の仲裁人の合議体による仲裁廷において行われる(仲裁法2条2項。その方式については同法32条以下)。仲裁廷が仲裁判断において準拠すべき法は、原則として、当事者が合意により定めるところによる(同法36条1項)。仲裁判断(裁定)は書面(仲裁判断書)に作成され、理由(同法39条2項本文)、作成年月日、仲裁地(同法39条3項)の記載、仲裁人の署名のあることが必要であり(同法39条1項)、その要件を欠くときは、仲裁判断は成立しない。一度成立した仲裁判断に対して、執行決定前あるいは執行決定が確定するまでの間(同法44条2項)、特定の事由がある場合には、仲裁判断取消しの訴えにより取消しを求めることができる(同法44条)。取消事由は、同法第44条1項1号~8号に列挙されているものに限られる。判断自体の不当性は、取消事由にならない。
仲裁合意は、民事紛争を解決する方法として、国際商事取引に関する事件を中心に多く利用されている。それは、仲裁手続においては民事訴訟による場合と比較して、取引上の紛争解決に要求される簡易迅速性および手続の非公開による企業秘密の漏洩(ろうえい)防止などの利点があるからであり、また渉外事件訴訟に固有の準拠法決定など法適用による不安定を回避でき、各国共通の取引慣習に基づく判断が期待できるためといわれている。
[内田武吉・加藤哲夫]
斡旋(あっせん)、調停と並ぶ労使紛争の調整手続の一つ。仲裁は、斡旋、調停と異なり、紛争の解決を紛争当事者以外の第三者(仲裁委員)に一任し、その判断(仲裁裁定)にかならず従うことによって紛争解決を図る手続であり、紛争当事者は、いったん仲裁による紛争の調整に同意すると、裁定内容を受諾するか否か問われることなくこれに拘束される。このため仲裁手続は、原則として関係当事者双方の同意に基づいてのみ開始される(任意仲裁)。関係当事者の一方のみの申請や、関係当事者以外の機関(労働委員会や知事または厚生労働大臣)の決議や請求に基づいて仲裁が開始される強制仲裁は、行政執行法人などについて例外的に認められている(行政執行法人の労働関係に関する法律33条、地方公営企業労働関係法15条)。
労働委員会が行う仲裁の場合、仲裁委員は、公益委員または特別調整委員のなかから関係当事者が合意により選定した者につき、労働委員会の会長が指名するものとされ、この仲裁委員が3名で仲裁委員会を構成する(労働関係調整法31条、31条の2)。仲裁委員会は、双方の主張を聴くなど事実の調査および審議を行ったうえで、仲裁裁定を書面で作成する。仲裁委員3名の見解が3説に分かれ、いずれも過半数に至らないようなときは、仲裁裁定を作成することができず、仲裁は打ち切りとなる。作成された仲裁裁定は、労働協約と同一の効力を有するとされ(同法34条)、内容を明確にし、紛争の発生を予防する目的から、かならず書面に作成し、裁定の効力発生期日を明記しなければならないとされる(同法33条)。
日本では、労働委員会の調整手続のうちで活用されるのは斡旋が圧倒的に多く、仲裁は調停よりもさらにまれにしか利用されていない。これは、仲裁裁定が労使双方の同意を必要とせずに両者を拘束するという性質上、どのような裁定が出されるかを懸念して仲裁の申請に踏み切れないものと思われる。なお、労使双方が、合意に基づいて、労働関係調整法による仲裁とは別に、独自の仲裁手続を定めることもできる。
[木下秀雄・吉田美喜夫]
争いの当事者双方が,争いの解決を第三者にゆだね,それに基づいてなされた第三者の判断が当事者を拘束することにより紛争の解決に至る制度。仲裁は当事者の合意により紛争が解決される調停,当事者の一方の申立てに基づき,国内のまたは国際的な裁判所が強制的に紛争を解決する訴訟とは異なる(国際法上の仲裁裁判については〈国際裁判〉の項参照)。
民事上の仲裁には,〈公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律〉の定めるもののほか,制定法上のものとして公害紛争処理法(1970公布)および建設業法(1949公布)によるものがあるが,ここでは前者のみ説明する。仲裁が行われるためには,当事者双方の紛争の解決を第三者(仲裁人)に付託する旨の合意(仲裁契約)が必要である。仲裁契約は,当事者が係争物につき和解をなす権限を有することがその要件であり(公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律786条),現在の紛争に限らず,一定の法律関係から派生する将来の紛争についてもなすことができる(787条)。有効な仲裁契約があるにもかかわらず訴えが提起されたときは,被告は応訴を拒み,訴えの却下を求めることができる(仲裁契約の抗弁)。仲裁契約で仲裁人が定められていないときは,双方が各1名の仲裁人を選定できるが,一方の選定にかかわらず相手方が選定しないときには,前者の申立てにより裁判所が選定する(787~790条)。仲裁人が職務の引受けを拒めば,それが契約で定められた仲裁人である場合には仲裁契約は失効し,選定による仲裁人である場合は,他の仲裁人を選定する(791条,793条)。仲裁人は公平な第三者であることを要するから,公正を疑わせる事情があれば忌避できるし,職務怠慢や行為無能力等も忌避理由となる(792条,なお仲裁人の収賄につき刑法197条,197条の2~3を参照)。仲裁判断に至るまでの手続については,仲裁契約に定めがなければ,仲裁人が定める。仲裁人は仲裁手続において,当事者を審尋し事実を探知する。証人・鑑定人の尋問もできるが,その出頭や宣誓を強制できないから,必要ならば当事者の申立てにより裁判所に協力を求めねばならない(公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律794~796条)。仲裁判断は確定判決と同一の効力,すなわち既判力を有する。よって当事者は,仲裁判断取消事由の存在を主張立証し,仲裁判断取消判決を得なければ,仲裁判断の内容を争えない。他方,執行力は裁判所が仲裁判断取消事由の不存在を確かめ,執行判決をすることによりはじめて生じるものとされる(800~802条)。仲裁は,アメリカやヨーロッパでは長い歴史もあり現在盛んに利用されているのに対し,日本では,国際商取引,海事取引,建設請負契約をめぐる紛争について仲裁が行われているが,その数は多くない。
執筆者:山本 弘
労働関係調整法(29~35条)などによる最も強力な労働争議調整方法。自主的に解決されることが原則かつ理想である労使紛争・労働争議を,第三者に委託して,最終的に解決してもらう方法である。第三者の私人を仲裁人として選定し,その判断(仲裁裁定)を求めるやり方もあるが,アメリカなどと異なり日本ではこのような私的仲裁の例は乏しく,もっぱら公的機関の用意する仲裁が問題となる。仲裁は,労働委員会の公益委員または公益代表の特別調整委員のなかから関係当事者が合意のうえ選び(または,合意選定に代わる意見聴取のうえ),労働委員会の会長が指名する3人の仲裁委員による仲裁委員会が取り行う。仲裁委員会は,関係当事者の意見・主張のほか当事者の指名する労使を代表する委員・特別調整委員の意見などを聞いたうえで,独自に仲裁裁定を決定する。書面に作成し,効力発生の期日を記載した仲裁裁定は,労働協約と同一の法的効力をもち,関係当事者を当然に拘束する。したがって,仲裁裁定が下されれば,労働争議の最終的な解決があったことになる。裁定違反に対する刑事罰はないが,労働協約違反に対するのと同一の民事責任の追及は可能である。このように強力な争議調整方法であるだけに,仲裁手続の開始は,関係当事者の双方の申請があったとき,または,労働協約に基づき双方か一方かの申請があったときに限られる,任意仲裁が原則である(公益事業についても同様)。ただし,公共企業体等労働関係法(1986年国営企業労働関係法と改称)および地方公営企業労働関係法が適用されるところでは,事業の公共性,調停での解決困難,争議行為禁止の代償などの理由により,任意仲裁のほか,当事者の一方の申請,委員会の決議,主務大臣などの請求によっても開始される強制仲裁の道が開かれている。仲裁は,この公共企業体などにおける例を除いて,私企業の労働争議についてはほとんど活用されていない。紛争がまったく自分たちの手を離れて,第三者により最終的な処理がなされることに対して,当事者が躊躇するためといわれる。
→斡旋 →調停
執筆者:諏訪 康雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…中世・近世において紛争解決のために行われた仲裁・調停。
[中世]
日本の中世社会の紛争解決手段として,一般的に行われたのは,紛争当事者が,中人(仲人)(ちゆうにん),扱衆,異見衆,立入衆,批判衆などと呼ばれた第三者(単数または複数)に解決をゆだね,その調停によって和解する噯(中人制)であった。…
…このような,当事者について手続上払われる配慮を手続保障といい,そのような保障を受ける当事者の地位をとくに当事者権と称し,憲法で保障された〈裁判を受ける権利〉の重要な一部をなすものであるとされている。
[調停・仲裁などとの違い]
上述したように,刑事訴訟においては,人権尊重の趣旨から当事者主義的訴訟構造をとることが要請されている以上,刑罰権を確定するには,刑事訴訟法によって規律されている刑事訴訟によらなければならない。しかし,民事訴訟が取り扱う私人間の紛争は,元来当事者たる私人が自由に処分することができる権利や利益についてであるから,当事者間で自主的に話合いをし和解ができれば,それにこしたことはない。…
…私人間の紛争を裁判所が裁判によって解決する手続であり,法に従って進められるものである。調停,仲裁,和解(示談)などと並ぶ私人間の紛争を解決する手続である。なお〈刑事訴訟〉〈訴訟〉の項も参照されたい。…
… 労働委員会による各種調整手続は,本法2章~4章の2が規定する。通常の調整手続としては,斡旋(2章),調停(3章),仲裁(4章)の3種類の方法がある。斡旋は最も融通のきく柔軟でダイナミックな調整方法であり,現在,これら3種の公的調整のうちでいちばん利用され,実に労働委員会の調整による争議解決の9割以上が斡旋方式によっている。…
…一つは,労働者個々人と使用者との間の個別的労働関係に発生する個別的労働争議を対象とする調整制度であり,もう一つは,労働者集団,団体(とりわけ労働組合)と使用者,使用者団体との間の集団的労働関係に発生する集団的労働争議を対象とする調整制度である。 個別的労働争議の調整のためには,国家的制度として,労使紛争以外の一般の紛争解決の場合と同様に,通常裁判所や司法的な調停・仲裁機関による解決を求める方法,または,所轄の通常行政機関による解決を求める方法のほか,労使紛争の解決のためにとくに設けられた労働裁判所とか労働委員会などのような特別の裁判所,行政機関による解決を求める方法がある。日本では,たとえば賃金支払に不満をもつ労働者が使用者との間の自主的な解決に期待できないとみた場合には,通常裁判所に訴えを提起できる(一般の民事調停などの扱いにはならない)。…
※「仲裁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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