コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

王陽明 おうようめいWang Yang-ming

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

王陽明
おうようめい
Wang Yang-ming

[生]成化8(1472).浙江,余姚
[没]嘉靖7(1529).11.29. 江西,南安
中国,明の哲学者,政治家。陽明学の始祖。字は伯安。名は守仁。諡は文成。弘治 12 (1499) 年の進士。官は南 贛巡撫,南京兵部尚書,都察院都御史として両広総督などを歴任。その間,江西の流賊の反乱,南昌の寧王朱宸濠 (しゅしんごう) の乱,広西のよう族の乱などを平定し,十家牌法や郷約を実施するなど軍事的,行政的に名声を博した。彼は初め朱子学を修めたがその性理説に疑問をいだき,思索の末,心即理の原理を悟り,そのうえに知行合一の説を掲げ,晩年,致良知の説を提唱し講学 (同志が結社をつくり研究に努めること) の風を鼓吹した。著書『朱子晩年定論』『伝習録』。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

デジタル大辞泉の解説

おう‐ようめい〔ワウヤウメイ〕【王陽明】

[1472~1528]中国、明代の思想家。余姚(よよう)(浙江省)の人。名は守仁。字(あざな)は伯安。陽明は号。諡(おくりな)は文成。宸濠(しんごう)の乱を平定した功により、新建伯に封ぜられた。陸九淵の学をうけ継ぎ、知行合一説致良知説を主張して一派を成し、王学陽明学と呼ばれる。→陽明学

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディアの解説

王陽明【おうようめい】

王守仁

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

大辞林 第三版の解説

おうようめい【王陽明】

1472~1528) 中国、明代の儒学者。浙江省余姚よよう出身。名は守仁、字あざなは伯安、諡おくりなは文成公。陽明は号。朱子学に満足せず、心即理・知行合一ちこうごういつ・致良知を説き、陽明学を完成、実践倫理への道を開いた。また、寧王宸濠しんごうの乱を平定するなど軍事的才能もあった。著「王文成公全書」、語録「伝習録」がある。 → 陽明学

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

王陽明
おうようめい

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の王陽明の言及

【王守仁】より

…字は伯安,号は陽明。ふつう王陽明とよびならわされる。浙江省余姚(よよう)の人。…

※「王陽明」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

王陽明の関連キーワード山中の賊を破るは易く心中の賊を破るは難し陸九淵・陸九渕陸王学派事上磨錬中江藤樹三輪執斎格物致知知行合一藤樹学派良知良能了庵桂悟孫奇逢心即理河東派王夫之羅洪先姚江派大口晨鄒守益銭徳洪

今日のキーワード

桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す

《「史記」李将軍伝賛から》桃やすももは何も言わないが、花や実を慕って人が多く集まるので、その下には自然に道ができる。徳望のある人のもとへは人が自然に集まることのたとえ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

王陽明の関連情報