清園寺(読み)せいおんじ

日本歴史地名大系 「清園寺」の解説

清園寺
せいおんじ

[現在地名]大江町字河守

河守(こうもり)の北部、関(せき)に近い高台上にある。

鎌鞍山と号し、高野山真言宗、本尊薬師如来。江戸時代には四徳(しとく)院(旧語集)、または子徳(しとく)院(丹後国寺社帳)とも称した。

丹後国田数帳には次のようにみえるが、これが寺名か地名か明確にしがたい。

<資料は省略されています>

草創については不明だが、寺伝では用明天皇第三皇子麻呂子親王が、大江山の鬼賊退治成就の報賽に七仏薬師を本尊として建立した七寺のうちの一という。本尊は親王自作との伝えをもつが平安時代の作とされる。寺伝によるとかつて本尊を安置していた堂宇を瑟(きんしつ)庵といい、康平―治暦(一〇五八―六九)の頃、維範大徳がこの庵に住んで初めて堂宇伽藍を建てて一寺となし、清園寺と称したとする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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