渋川忠二郎(読み)シブカワ チュウジロウ

20世紀日本人名事典 「渋川忠二郎」の解説

渋川 忠二郎
シブカワ チュウジロウ

明治・大正期の弁護士 大阪弁護士会会長。 関西法律学校(関西大学)の創立者。



生年
嘉永7年4月21日(1854年)

没年
大正14(1925)年1月15日

出生地
出雲国(島根県)

経歴
松江藩士の子として生まれ、藩校修道館で御雇い外国人アレキサンドルにフランス語などを学ぶ。次いで東京に遊学し、中江兆民私塾に入って学を修めた。8年より大阪上等裁判所に勤務し、通訳業務に従事。18年に代言人の免許を取得し、大阪事件などで弁護人を務めた。その傍らで法律学校の開設を企図し、明治13年大阪法学舎の設立関与、26年には関西法律学校(のちの関西大学)を創立した。37年島根県から総選挙に出馬するが、惜しくも落選。39年大阪弁護士会会長。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「渋川忠二郎」の解説

渋川忠二郎 しぶかわ-ちゅうじろう

1854-1925 明治-大正時代法律家,教育者。
嘉永7年4月21日生まれ。中江兆民の私塾などでフランス語をまなぶ。大阪上等裁判所の通訳官をへて,明治18年代言人(弁護士)となり,大阪事件などを担当。39年大阪弁護士会長。関西法律学校(現関西大)の創立にかかわる。大正14年1月15日死去。72歳。出雲(いずも)(島根県)出身

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む