源昌寺(読み)げんしようじ

日本歴史地名大系 「源昌寺」の解説

源昌寺
げんしようじ

[現在地名]鹿島市大字山浦字南川

南川の構江(みなみがわのかまえ)にあり、浄土宗。山号は光照山、本尊は阿弥陀如来。開山は九誉(慶長三年没)である。

この寺は、鎌倉中期より約三〇〇年間深江(ふかえ)(現長崎県南高来郡深江町)の地頭職をしていた深江氏の菩提寺として知られる。墓地には「建寺大檀那 源昌怡仙居士 見誉清大姉 両霊位 天正拾九辛卯年二月彼岸日 謹誌之」と刻んだ予修碑をはじめ深江氏一族および関係のある人々の墓が立ち並んでいる。


源昌寺
げんしようじ

[現在地名]藤枝市大手一丁目

江戸時代には下伝馬(しもでんま)町から田中(たなか)城に通じる大手口にあり、大手道西側の侍屋敷・足軽屋敷に囲まれていた。繁林山と号し、曹洞宗。本尊は聖観音。開基は田中城主酒井忠利で、慶長七年(一六〇二)に父の正親(双松院殿源昌繁林大居士)の菩提を弔うために開創した。開山は市部(いちべ)村の洞雲(とううん)寺六世大洲重撮(西駿曹洞宗史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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