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源親治 みなもとの ちかはる

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

源親治 みなもとの-ちかはる

1116-1186 平安時代後期の武将。
永久4年3月3日生まれ。源頼弘(よりひろ)の長男。大和(奈良県)宇野荘を本拠とする。藤原頼長の家人(けにん)。保元(ほうげん)の乱で崇徳(すとく)上皇方につき,平基盛とたたかって捕らえられた。のち大和にもどる。文治(ぶんじ)2年8月7日死去。71歳。通称は宇野七郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

源親治

生年:生没年不詳
平安後期の武士。清和源氏宇野流(大和源氏)の出で,親弘の長男。妹は高倉院女房の伊予内侍。大和国(奈良県)宇智郡宇野を本拠とし,宇野七郎と号す。保元1(1156)年,保元の乱で藤原頼長方につき,京に潜伏中,平基盛に捕らわれた。『保元物語』では,崇徳上皇に召され大和から軍勢を率いてくる途中,法性寺一橋辺で基盛に出会い,合戦の末,生け捕りにされている。その後大和に戻り勢力を保持。本貫の地宇野荘は,父親弘との不和により,弟妹たちに譲渡されていたが,相論の末保元3(1158)年の宣旨により親治の知行が認められた。親治は,同荘を醍醐寺三宝院の勝賢に寄進し,自らの知行の安泰を図った。

(澤野泉)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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