滝宮村(読み)たきのみやむら

日本歴史地名大系 「滝宮村」の解説

滝宮村
たきのみやむら

[現在地名]綾南町滝宮

北(きた)村の北、小野(おの)村の東に位置し、標高四〇―六〇メートルの平坦地に立地。中世には滝宮社(滝上社)があって、弘安二年(一二七九)京都祇園社別当領となっている(八坂神社記録)。室町時代には讃岐藤原氏の一族滝宮氏が当地に拠り活躍した。戦国時代の滝宮豊後守安資が拠った柾木(まさき)城、同弥十郎の拠った滝宮城があったが、天正七年(一五七九)安資は城を放棄し、弥十郎は同城で討死したという(南海治乱記)。

寛永国絵図では羽床(はゆか)郷の内。


滝宮村
たきのみやむら

[現在地名]土庄町滝宮

皇踏(おうと)山(三九三・八メートル)から東北に延びる尾根(標高二〇〇メートル)上に本集落があるが、海浜部に目島(めしま)の集落がある。近世小海(おみ)郷の枝村。延宝五年(一六七七)網廻船運上積帳(足守木下家文書)には当村の烏賊手繰網二帖を記す。宝暦明細帳では高一〇五石余・反別一八町九反余(田二町五反余・畑一六町三反余)、塩浜数二二・塩浜役四四俵、船数三(五〇―一八石積)、家数四八(水呑二)・人数一九八、牛一八、幕府御料林(字東丸)一ヵ所(二町八反歩)。当村山中より江戸中期豊島石と通称する凝灰角礫岩を産出、一時採掘が盛んであったが、のちに廃止された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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