日本歴史地名大系 「点野庄」の解説
点野庄
しめののしよう
近世の点野村域に比定される。鳥羽院政期の関白藤原忠通が、長寛元年(一一六三)源行頼を当庄の預所に補任し、忠通没後は息女で崇徳上皇の中宮の皇嘉門院に譲与された。次いで和泉
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
近世の点野村域に比定される。鳥羽院政期の関白藤原忠通が、長寛元年(一一六三)源行頼を当庄の預所に補任し、忠通没後は息女で崇徳上皇の中宮の皇嘉門院に譲与された。次いで和泉
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[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...