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二条家 にじょうけ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

二条家
にじょうけ

(1) 藤原氏北家の一支族。五摂家の一つ。鎌倉時代九条道家の子良実が京都二条に住んで,二条を称したことから始り,以後代々ほかの摂家と交代して摂政,関白に任じられ,明治になって公爵。 (2) 和歌の一家。

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世界大百科事典 第2版の解説

にじょうけ【二条家】

藤原氏北家の嫡流。五摂家の一つ。九条道家の次男良実を始祖とし,家号は良実の殿第に由来するが,二条の坊名にちなんで銅駝(どうだ)の称もある。承久の乱後,時の権臣西園寺公経の女婿九条道家は,みずから摂政・関白に就任したばかりでなく,教実,良実,実経の3子を次々に摂関の座につけ,九条家の全盛を謳歌した。ところが1246年(寛元4)の名越氏,翌年の三浦氏の乱に関連して,道家および摂政実経が失脚するや,道家はこれを前関白良実の幕府に対する誣告(ぶこく)によるものと推断し,良実を義絶した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

二条家
にじょうけ

(1)藤原氏。五摂家(ごせっけ)の一つ。鎌倉中期九条道家(くじょうみちいえ)の第2子良実(よしざね)を祖とする。二条京極(きょうごく)の邸に住んだところから二条と称す。良実は1242年(仁治3)関白(かんぱく)となり、以後子孫は他の摂家と並び立った。鎌倉末期道平(みちひら)は後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の討幕計画に加わり、弟師基(もろもと)は南朝に仕えた。道平の子良基(よしもと)は北朝に仕え、学者としても有名。その孫が足利義満(あしかがよしみつ)の諱(いみな)一字をもらって満基(みつもと)と称して以来、室町時代、江戸時代を通じて代々足利・徳川将軍の諱を一字もらうことを例とした。江戸時代の知行高(ちぎょうだか)は1700石。明治維新後、公爵を授けられた。[飯倉晴武]
(2)藤原氏の一族、御子左(みこひだり)家の子孫(鎌倉後期~南北朝時代)の家名。定家(ていか)の子為家(ためいえ)の長男為氏(ためうじ)を祖とする。定家の二条京極邸の中の二条大路側の家を伝領したゆえの名で、「二条」と号したのは子の為世(ためよ)からである(為氏は「藤原」とのみ)が、同じく為家の子為教(ためのり)の京極家、為相(ためすけ)の冷泉(れいぜい)家にそろえて為氏からをさすのが普通。俊成(しゅんぜい)・定家以来の歌道師範家の嫡流として重きをなし、両統分立以後は京極・冷泉家(派)が持明院統(じみょういんとう)と結び付いたので、いきおい大覚寺統と結び付き、為氏が『続拾遺集』を撰(えら)んで以来、代々勅撰(ちょくせん)撰者となった。
 南北朝分裂後、北朝で一時勢力を失ったが、為定(ためさだ)(為世の孫)が将軍足利尊氏(たかうじ)の支持を得てふたたび師範家となり、3勅撰集をなした。しかし南北朝時代末期に人材を欠き、あるいは殺害されて断絶した。[福田秀一]

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世界大百科事典内の二条家の言及

【歌論】より

…その他,阿仏尼の《夜の鶴》,二条為世の《和歌庭訓》等,鎌倉期に書かれた〈歌論〉の数は多いが,文学的に見て意義の認められるものはほとんどない。為家の子の代で,二条家,京極家,冷泉(れいぜい)家と歌の家が三つに分裂し,以降,派閥争いが激化したために,〈歌論〉も本質を理論的に深めるという方向ではなく,派閥意識をあらわにして,他派を攻撃するケースが増えていったからである。たとえば《野守鏡(のもりのかがみ)》は作者未詳の歌論書であるが,二条派の立場に立って為兼を初めとする京極派を攻撃した書であったし,《延慶両卿訴陳状(えんきようりようきようそちんじよう)》と呼ばれる,《玉葉和歌集》の選者をめぐっての二条,京極両家の厳しい対決を伝える応酬もある。…

【十三代集】より

…勅撰和歌集(二十一代集)のうち,第9集以後の《新勅撰和歌集》《続(しよく)後撰和歌集》《続古今和歌集》《続拾遺和歌集》《新後撰和歌集》《玉葉和歌集》《続千載和歌集》《続後拾遺和歌集》《風雅和歌集》《新千載和歌集》《新拾遺和歌集》《新後拾遺和歌集》《新続古今和歌集》の13の集をいう。 勅撰和歌集は,八代集の最後を飾る《新古今集》で芸術至上主義的な極致に達し,その後は歌の家としての権威を確立した御子左(みこひだり)家,特にその嫡流の二条家の主導で,平明を基調として展開する。藤原定家が1235年(嘉禎1)に撰じた《新勅撰集》は平淡な歌風を特色とするが,藤原為家撰の《続後撰集》(1251)はそれをいっそう進めて,内面的な深みのある平淡な歌風を確立する。…

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