日本歴史地名大系 「照林坊」の解説
照林坊
しようりんぼう
[現在地名]三次市三次町
入信者を一流相承系図に書加えて視覚的な安心を与えるという明光派の浄土真宗を、備後北部からさらに山陰地方に広めるうえで、先駆的な役割を果したのは照林坊七世祐了である。前記由緒によると、彼は備後・安芸・石見の諸国を遍歴したのち、永正四年(一五〇七)安芸国高田郡
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
入信者を一流相承系図に書加えて視覚的な安心を与えるという明光派の浄土真宗を、備後北部からさらに山陰地方に広めるうえで、先駆的な役割を果したのは照林坊七世祐了である。前記由緒によると、彼は備後・安芸・石見の諸国を遍歴したのち、永正四年(一五〇七)安芸国高田郡
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