改訂新版 世界大百科事典 「猫の草子」の意味・わかりやすい解説
猫の草子 (ねこのそうし)
御伽草子。渋川版の一。在京の禅僧の手に成るか。訴陳状の形式を借りて,僧の法話を聞かせるのが主眼で,祝言性濃厚な創作。慶長7年(1602)8月中旬,洛中に猫の綱を解き放せとの沙汰が下り,一条の辻にその旨の高札が立てられた。猫は喜ぶが,鼠は嚙み砕かれるおそれがあるので世間へ出られない。ある夜,鼠の和尚が上京に住む尊き発心者の夢に現れ懺悔の物語をするが,僧は鼠が人に憎まれている次第を説き聞かす。次の夜,僧の夢に虎毛の猫が現れ,虎の子孫という系図を言い立て,いにしえ,綱を付けられたいきさつを語り,僧から殺生をやめよと諭されるが,猫は鼠を食うことをやめはしないと言い張り,僧は返答に窮する。明け方,また例の鼠が来て,堪忍ならぬと僧に告げ,上京・下京の鼠が寄り合って身命をつなぐべく相談し,木之本地蔵を頼り,近江国の諸所にいったん退くこととする。終り近く,〈公家門跡に久しく住みける〉鼠の腰折3首を連ね,政道を謳歌して結ぶ。なお,西洞院時慶(ときよし)の《時慶卿記》慶長7年の条に,当時猫についての禁制が出されていたことが記され,関連がうかがわれる。渋川版以外に伝本を見ず,ケンブリッジ大学図書館所蔵の同名の絵巻(江戸極初期写)は別本である。
執筆者:徳江 元正
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報