玉調浦(読み)たまづけうら

日本歴史地名大系 「玉調浦」の解説

玉調浦
たまづけうら

船越ふなこしの地狭部に内浅海うちあそうより湾入した浦。「和名抄」に記される下県郡玉調たまつき郷の遺称地とされ、古代遺跡が多く分布し、四方に通じた山道が開け、早い開発がうかがえる。入江の小さな岬にある玉調遺跡では古墳時代の箱式石棺四基が調査され、須恵器の坏・壺などが出土。浦の北側の海岸の五次郎ごじろう遺跡では破壊された石棺群が三ヵ所あり、第一・第二地点では須恵器・土師器のほか朝鮮半島系の陶質土器・銀環、第三地点では弥生時代中期の土器が出土している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む