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田上菊舎尼

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美術人名辞典の解説

田上菊舎尼

本名道。田上由永の長女。朝暮園傘狂に入門。紫溟・琴山等と会し、清人との詩の応答もある。書・画・茶道・琴曲をもよくし法隆寺の太子尊像での弾奏を許される等、女流に前例のない遍歴多彩な一生を送る。文政9年(1826)歿、74才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

田上菊舎尼 たがみ-きくしゃに

1753-1826 江戸時代中期-後期の俳人。
宝暦3年10月14日生まれ。安永5年夫と死別して実家に復籍,29歳で出家する。天明2年美濃(みの)(岐阜県)の大野傘狂に入門。以後北陸,信濃(しなの),京都,九州など各地を旅し俳諧修業につとめた。文政9年8月23日死去。74歳。長門(ながと)(山口県)出身。名は道。別号に菊車,一字庵。自選集に「手折(たおり)菊」。
【格言など】月を笠に着て遊ばゞや旅のそら(「手折菊」)

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

田上菊舎尼

没年:文政9.8.23(1826.9.24)
生年:宝暦3.10.14(1753.11.8)
江戸中・後期の俳人。初号菊車。別号一字庵。長府藩(下関市)藩士田上由永とタカの長女として,長門国(山口県)豊浦郡田耕村に生まれる。16歳で村田利之助と結婚し,24歳で寡婦となり,実家に復籍。29歳で出家し,以後,一生を俳行脚に過ごす。30歳のとき美濃派の大野傘狂 に入門。俳諧だけでなく,書,琴曲,茶,香,漢詩にも秀で,交友の層も厚かった。家集に『手折菊』(1812)があり,「万福寺の吟/山門を出れば日本ぞ茶摘みうた」のような大きな句も収められる。<参考文献>上野さち子『女性俳句の世界』,川田順『菊舎尼俳句全集』

(加藤定彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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