田村宗立(読み)たむら・そうりゅう

朝日日本歴史人物事典 「田村宗立」の解説

田村宗立

没年:大正7.7.10(1918)
生年弘化3(1846)
明治期の洋画家。丹波国(京都府)園部近在に生まれる。本名不明。別号に月樵,十方明。安政2(1855)年京都で南画を,次いで仏画を学ぶ。文久(1861~64)の初めごろ写真に啓発され,慶応年間(1865~68)には独自の陰影表現による写実描写を生みだした。明治5(1872)年粟田口病院に勤め,ドイツ人ランゲックに油絵画法を学び,翌年には横浜で英人ワーグマンの指導も受けた。一方,2代玄々堂松田緑山に銅版画を学び,のち石版画にも手をそめた。10年第1回内国勧業博覧会出品褒状を受ける。13年京都府画学校創立とともに同校で教える。明治京都洋画の先覚者のひとり。作品に「果蔬図」など。

(三輪英夫)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「田村宗立」の解説

田村宗立 たむら-そうりゅう

1846-1918 明治-大正時代の洋画家。
弘化(こうか)3年8月20日生まれ。文人画,仏画をまなび,横浜でワーグマンに師事。明治14年京都府画学校教師となり,34年関西美術会の結成に参加した。銅版画や石版画も習得した。内国勧業博覧会などに出品。大正7年7月10日死去。73歳。丹波船井郡(京都府)出身。別号に月樵。作品に「果蔬(かそ)図」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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