コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

田村宗立 たむら そうりゅう

3件 の用語解説(田村宗立の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

田村宗立

洋画家。丹波生。別号に月樵。南画・仏画を学んだのち、写実的な絵画に関心を持つ。明治4年、欧学舎支舎英学校に入学、英語と油絵を学び、横浜でワーグマンの指導を受ける。銅版画・石版画も習得。明治14年、京都府画学校の教師となり、のちに画塾明治画学館を設立。関西美術会の結成に参加し、晩年は専ら日本画を能くした。大正7年(1918)歿、72才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

田村宗立 たむら-そうりゅう

1846-1918 明治-大正時代の洋画家。
弘化(こうか)3年8月20日生まれ。文人画,仏画をまなび,横浜でワーグマンに師事。明治14年京都府画学校教師となり,34年関西美術会の結成に参加した。銅版画や石版画も習得した。内国勧業博覧会などに出品。大正7年7月10日死去。73歳。丹波船井郡(京都府)出身。別号に月樵。作品に「果蔬(かそ)図」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

田村宗立

没年:大正7.7.10(1918)
生年:弘化3(1846)
明治期の洋画家。丹波国(京都府)園部近在に生まれる。本名不明。別号に月樵,十方明。安政2(1855)年京都で南画を,次いで仏画を学ぶ。文久(1861~64)の初めごろ写真に啓発され,慶応年間(1865~68)には独自の陰影表現による写実描写を生みだした。明治5(1872)年粟田口病院に勤め,ドイツ人ランゲックに油絵の画法を学び,翌年には横浜で英人ワーグマンの指導も受けた。一方,2代玄々堂松田緑山に銅版画を学び,のち石版画にも手をそめた。10年第1回内国勧業博覧会に出品し褒状を受ける。13年京都府画学校創立とともに同校で教える。明治京都洋画の先覚者のひとり。作品に「果蔬図」など。

(三輪英夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

田村宗立の関連キーワード黒田重太郎丹後近在今井憲一上野盤山小出英尚小山三造長谷川良雄油井夫山渡辺与平

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone