田部原(読み)たべのはら

日本歴史地名大系 「田部原」の解説

田部原
たべのはら

水無(みずなし)川下流域右岸の段丘上に広がる扇状地。近世の田島村の東端に続く。水無川の運んだ礫層が厚くて漏水が激しく、水利にも恵まれず、明治以前はほとんど原野で田島・田部・長野(ながの)三ヵ村の入会地であったため、境界争いが絶えなかった。北西端、阿賀川と水無川の合流点に、鴫山(しぎやま)城の支城とみられる館跡がある。北および西の崖を天然の要害とし、南と東に空壕と土塁を備え、東西六五メートル・南北八〇メートルの規模をもつ。人里離れた寂しい松原は、古くから刑場であったらしく、天正一九年(一五九一)赤岡騒動のとき首謀者らが誅戮されており、天保一〇年(一八三九)には火付の罪人が町内引回しのうえ田部原で焚刑に処せられている(田島町史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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