田部原(読み)たべのはら

日本歴史地名大系 「田部原」の解説

田部原
たべのはら

水無みずなし川下流域右岸の段丘上に広がる扇状地近世田島村の東端に続く。水無川の運んだ礫層が厚くて漏水が激しく、水利にも恵まれず、明治以前はほとんど原野で田島・田部・長野ながの三ヵ村の入会地であったため、境界争いが絶えなかった。北西端、阿賀川と水無川の合流点に、鴫山しぎやま城の支城とみられる館跡がある。北および西の崖を天然の要害とし、南と東に空壕と土塁を備え、東西六五メートル・南北八〇メートルの規模をもつ。人里離れた寂しい松原は、古くから刑場であったらしく、天正一九年(一五九一)赤岡騒動のとき首謀者らが誅戮されており、天保一〇年(一八三九)には火付の罪人が町内引回しのうえ田部原で焚刑に処せられている(田島町史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む