甲之森城跡(読み)かぶとのもりじようあと

日本歴史地名大系 「甲之森城跡」の解説

甲之森城跡
かぶとのもりじようあと

[現在地名]城川町土居

土居どいの街村の西裏にそびえる標高四五一メートルの山にある。山頂はやや開かれて平地となり、城塞の跡を思わせる。

「宇和旧記」の「北之川殿の事」に、紀貫之末裔の紀実平の城で、実平以後「嫡子常安、其子勝千代、常安弟通安」と続き、通安の子親安の時に土佐の長宗我部氏の侵入を受け、親安は窪野くぼの村の三滝みたき城で戦死し滅亡したという。また同書は「北之川殿は越智氏にて、河野の流れ、紋も傍折敷そばをしきに縮三文字なり」ともいい、伊予の豪族河野氏の末流とする説も紹介している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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