登立村(読み)のぼりたてむら

日本歴史地名大系 「登立村」の解説

登立村
のぼりたてむら

[現在地名]大矢野町登立

大矢野島の北東部一帯を占め、三角みすみノ瀬戸を隔てて宇土うと半島と相対している丘陵地。古代海士集団の活躍をうかがわせる成合津なろうづ古墳がある。大矢野島の最高峰(二二九メートル)には古代に三年交替の防人が置かれ、烽火台があったと伝えられ、飛岳(火岳)の麓に三年さねヶ浦の地名が残ったという。

戦国時代、枝郷岩屋いわや(現岩谷)に大矢野氏の部将が配されていたと思われ、年月欠の大矢野種基覚書写(大矢野文書)に種基手勢の主将岩屋五郎高正の名がみえる。天草島原の乱には村民の多くが一揆に参加したが、迫害のため岩屋浦から三角ノ瀬戸を渡り熊本藩領内に逃げた真宗門徒も少なくなかった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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