白河藩陣屋跡(読み)しらかわはんじんやあと

日本歴史地名大系 「白河藩陣屋跡」の解説

白河藩陣屋跡
しらかわはんじんやあと

[現在地名]社町上田

加古川左岸の自然堤防上にあった陸奥白河藩の陣屋跡。上田村(うえだむら)陣屋ともよばれた。中世の土豪蓬莱氏の居館(上田城)跡を利用したと伝える。弘化三年(一八四六)白河藩の藩主阿部正備は出羽国村山(むらやま)郡内の一万八千四〇八石余を上知され、代わって播磨国・遠江国・信濃国で三万四六八石余を与えられた(「公余録」阿部家文書)。この時、播磨国では加東郡内一五ヵ村六千一五〇石が加増され、播州御領支配として郡奉行神永与次右衛門らを派遣、上田村に陣屋を構えた(「播州元締役支配」白河市史編纂室所蔵文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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