改訂新版 世界大百科事典 「盗賊教会会議」の意味・わかりやすい解説
盗賊教会会議 (とうぞくきょうかいかいぎ)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…参加主教の数は約600名とそれまでの最大であったが,西方からはローマ主教の使節とアフリカの主教が参加したにすぎなかった。449年にエウテュケスの単性論をめぐり,エフェソスで開かれた公会議がいわゆる〈盗賊教会会議〉として,単性論派のアレクサンドリア主教ディオスコロスDioskorosの専横に終わったので,カルケドン公会議は〈盗賊教会会議〉の決議を取り消すことを目的とした。その目的は達成されたが,さらにローマ教会と皇帝の要求によって,《レオの教書》(レオ1世)の線に沿った新たな信条〈カルケドン信条〉が作成された。…
※「盗賊教会会議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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