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盟三五大切 かみかけてさんごたいせつ

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世界大百科事典 第2版の解説

かみかけてさんごたいせつ【盟三五大切】

歌舞伎狂言。世話物。2幕6場。4世鶴屋南北作。1825年(文政8)9月江戸中村座初演。配役は薩摩源五兵衛実は不破数右衛門・家主弥助を5世松本幸四郎,船頭笹野屋三五郎を7世市川団十郎,芸者妲妃の小万を2世岩井粂三郎(のちの6世岩井半四郎)など。題材は1737年(元文2)に大坂曾根崎で起きた薩摩藩士の5人斬り事件で,初世並木五瓶が94年(寛政6)に書いた《五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ)》と,これを本人が改作した《略三五大切(かきなおしてさんごたいせつ)》とを基にした書替えである。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の盟三五大切の言及

【五大力恋緘】より

… 五瓶はこの翌年正月江戸都座の《江戸砂子慶曾我(えどすなごきちれいそが)》二番目に本作を江戸向けに改訂して上演し,以後上方系とヒロインの名を小万とする江戸系の2種がそれぞれ上演を繰り返した。1806年(文化3)正月には五瓶自身による改作《略三五大切(かきなおしてさんごたいせつ)》が,25年(文政8)9月には4世鶴屋南北作《盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)》が上演されるなど,後世への影響は大きい。おまん源五兵衛物【松崎 仁】。…

【鶴屋南北】より

…幕府当局からの狂言差止めは1812年(文化9)1月市村座《色一座梅椿(いろいちざうめとしらたま)》でも惹起し,その年中不当りが続いたが,翌13年3月森田座での《お染久松色読販(うきなのよみうり)》(半四郎のお染の七役)は大当りを占めた。 後期の代表作には,半四郎の〈女清玄〉の《隅田川花御所染(すみだがわはなのごしよぞめ)》(1814年3月市村座),お六・八ッ橋(二役,半四郎)と願哲(幸四郎)の《杜若艶色紫(かきつばたいろもえどぞめ)》(1815年5月河原崎座),公卿の息女が宿場女郎に転落した巷説を舞台化した《桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしよう)》(1817年3月河原崎座),俳優の日常生活を舞台化した〈世話の暫〉の《四天王産湯玉川(してんのううぶゆのたまがわ)》(1818年11月玉川座),菊五郎,幸四郎の亀山の仇討《霊験亀山鉾(れいげんかめやまぼこ)》(1822年8月河原崎座),菊五郎,半四郎,団十郎の不破名古屋と権八小紫の《浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなずま)》(1823年3月市村座),清元《累(かさね)》を含む《法懸松成田利剣(けさかけまつなりたのりけん)》(1823年6月森田座),その最高傑作である《東海道四谷怪談》(1825年7月中村座),深川五人斬事件を劇化した《盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)》(1825年9月中村座),また番付にみずから一世一代と銘うった最後の作《金幣猿嶋郡(きんのざいさるしまだいり)》(1829年11月中村座)などがある。その年11月27日没し,葬礼に際しては《寂光門松後万歳(しでのかどまつごまんざい)》と題する正本仕立ての摺物を配らせ,自分の手で死を茶化した。…

※「盟三五大切」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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