日本歴史地名大系 「目坂村」の解説 目坂村めさかむら 兵庫県:豊岡市目坂村[現在地名]豊岡市目坂福成寺(ふくじようじ)村の南に接し、番屋(ばんや)峠を経て気多(けた)郡椒(はじかみ)村(現竹野町)に通じる。南は標高六六三・六メートルの大岡(おおおか)山。江戸時代の領主の変遷は栃江(とちえ)村に同じ。正保(一六四四―四八)頃成立の国絵図に村名がみえ、高一四六石余。宝暦七年(一七五七)の但馬国高一紙でも同高。天明八年(一七八八)の巡見帳(三宅家文書)では家数六一・人数二六五、鎮守は刺国(さしくに)大神(現白岩神社)。 目坂村めさかむら 兵庫県:赤穂市目坂村[現在地名]赤穂市目坂千種(ちくさ)川の右岸にあり、東は同川を隔てて高野(こうの)村、南西は木津(きづ)村、北は根木(ねぎ)村。文禄三年(一五九四)九月八日の真殿村検地帳(真殿自治会有文書)に「めさか」「目坂」、慶長国絵図には「ねき村」と「きず」の間に「免則村」と記される。正保郷帳に目坂村とみえ田高二〇〇石余・畑高一一五石余。草山・新田あり。元禄郷帳では高三九二石余。宝永三年(一七〇六)の指出帳によると高四四〇石余、家数六一・人数三五八、大工一。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報