相楽等躬(読み)さがら とうきゅう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「相楽等躬」の解説

相楽等躬 さがら-とうきゅう

1638-1715 江戸時代前期-中期の俳人。
寛永15年生まれ。陸奥(むつ)須賀川(福島県)の人。江戸の石田未得,岸本調和にまなぶ。元禄(げんろく)2年「おくのほそ道」の旅の途中の松尾芭蕉(ばしょう)を数日泊めてもてなした。晩年は内藤露沾(ろせん)と親交があった。正徳(しょうとく)5年11月19日死去。78歳。通称は伊左衛門。別号に乍憚,乍単斎,藤躬。編著に「伊達衣」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の相楽等躬の言及

【等躬】より

…江戸前期の俳人。姓は相楽(さがら)。通称は伊左衛門。初号は乍憚(さたん)。晩年藤躬と書いた。奥州須賀川の人。宿駅の長であったという。江戸の未得(みとく)に俳諧を学び,のち調和(ちようわ)につく。延宝年間(1673‐81)に江戸で芭蕉を知り,1689年(元禄2)〈おくのほそ道〉行脚の芭蕉を自宅に数日逗留させている。編著に《摺(しのぶずり)》《伊達衣(だてごろも)》《一の木戸》《蝦夷(えぞ)文段抄》がある。…

※「相楽等躬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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