相馬胤頼(読み)そうま たねより

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「相馬胤頼」の解説

相馬胤頼 そうま-たねより

1324-1371? 南北朝時代の武将
正中(しょうちゅう)元年生まれ。相馬親胤(ちかたね)の子。相馬氏8代。建武(けんむ)3=延元元年南朝方の北畠顕家(あきいえ)に攻められ陸奥(むつ)小高城落城,叔父の光胤(みつたね)は戦死。翌年足利方の援軍をうけ小高城に復した。貞治(じょうじ)元=正平(しょうへい)17年陸奥東海道検断職(けんだんしき)に任じられる。応安4=建徳2年?死去。48歳?幼名は松鶴丸。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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