知性(認識能力)、意志(実践能力)、感性(審美能力)のそれぞれに応ずる超越的対象が真善美である。このうち、知性の対象を真とし、意志の対象を善として併置することは西欧古代、中世の哲学的伝統であった。またギリシアでは、美と善とは合して、「美にして善なるもの」kalokagathonという合成語となり、自然的、社会的、倫理的な卓越性をさすことばであった。しかし、真善美の三者が併置されるようになったのは、おそらく近代になってからのことで、直接にはカント哲学の影響によるものであると考えられる。カント哲学の紹介者であったフランスの講壇哲学者クーザンには、『真美善について』Du vraie, du beau et du bien(1853)という著作があり、カント哲学の復興であったドイツの新カント学派では、「真善美」d. Wahre, d. Gute, d. Schöneはその哲学の常套(じょうとう)語となった。日本へのこの語の移入は、おそらく新カント学派の影響によるものと考えられる。
[加藤信朗]
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...