真木保臣等十七士墓(読み)まきやすおみらじゆうしちしのはか

日本歴史地名大系 「真木保臣等十七士墓」の解説

真木保臣等十七士墓
まきやすおみらじゆうしちしのはか

[現在地名]大山崎町字大山崎

天王(てんのう)山の山頂付近、酒解(さかとけ)神社の参道にある。

元治元年(一八六四)の禁門の変で敗れ、山崎で自刃した真木保臣と同志一六人の墓。保臣は筑後国水天宮(現福岡県久留米市)祠官の子。通称和泉・和泉守。文久二年(一八六二)脱藩して上洛したが、寺田屋の変で捕らえられ久留米藩に幽閉された。同三年許されて上洛、尊攘派中心人物の一人として活躍したが、八月一八日の政変で失脚、七卿とともに三田尻(みたじり)(現山口県防府市)に下った。元治元年長州藩士らとともに長州藩主の冤罪を訴えるために上洛、六月二五日山崎に入り、保臣・松山源蔵ら忠勇隊は天王山に布陣。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ウェブサイトを動かすためのプログラミング言語。主にサーバー側で使われ、利用者の操作に応じて情報を探すとともに、画面に表示する内容を送り返す役割を担っている。世界のウェブサイトの7割で使用されていると...

PHPの用語解説を読む