真福寺・泉福寺(読み)しんぷくじ・せんぷくじ

日本歴史地名大系 「真福寺・泉福寺」の解説

真福寺・泉福寺
しんぷくじ・せんぷくじ

赤塚あかつか八丁目の大堂(赤塚大堂)にある梵鐘(国指定重要文化財)銘文にみえる寺院。読み方は推測による。梵鐘の銘文は暦応三年(一三四〇)四月八日の年紀をもち、のちに鎌倉建長寺第四二世となる詩文僧中巌円月が作したものである。「豊島郡赤塚泉福寺・真福寺両寺鐘」とみえ、両寺は前朝(後醍醐天皇)全盛の時に建立されたが、梵鐘を有していなかったので、快賢阿闍梨勧進となって鋳造したという。阿闍梨が勧進となっていること、大堂が阿弥陀堂であることから、両寺は密教系寺院であったと思われる。「風土記稿」は、大堂の縁起として建武―延元(一三三四―四〇)頃に、荘厳な七堂伽藍があったと伝えている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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