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真範比丘尼 しんはんびくに

朝日日本歴史人物事典の解説

真範比丘尼

没年:明応4(1495)
生年:文明6(1474)
戦国時代の尼。真盛の弟子。伊勢国(三重県)山田の神人であった榎倉掃部助村山武則(宮寿大夫)の娘。真範が12,3歳のころ,外宮と内宮の闘争で父は多数の人々を殺害したのち外宮に放火して果てた。また,自身も明応3(1493)年20歳のとき,夫の不義の相手を殺害しようとして未遂に終わるというエピソードもある。真盛が故郷伊勢へ下向したとき,真範は父と自らが犯した罪を理由に出家を遂げ,夫方への引き戻しを逃れた。『真盛上人往生伝記』に残る真範の懺悔状は,女性例では珍しいものである。伊勢三田の尼寺に住し,真盛が没したとき,あとを追って入水する。西向端座し合掌乱れず往生し,身を投げた池には紫雲が立ったという。

(勝浦令子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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