犯罪の実行に着手したが結果の発生に至らなかった場合をいう。未遂犯の刑は任意的に減軽されうる(刑法43条本文)。ただし,すべての犯罪について未遂犯が処罰されるわけではなく,〈未遂を罰する場合は,各本条で定める〉(44条)とされている。
犯罪的結果の発生を重視する客観主義の立場からは,未遂犯の処罰は例外的であり,かつ,必要的減軽主義がとられることになる。他方,犯罪者の犯罪的意思や危険性を重視する主観主義の立場では,既遂と未遂の間に本質的な差異はなく,すべての犯罪について未遂を既遂と同等に処罰すべきだということになる。現行刑法は,一方で未遂処罰を重要な犯罪に限定し(44条),他方で,未遂処罰について任意的減軽主義(43条本文)にとどめることにより,折衷的立場を採用したものといえよう。未遂は実行の着手の有無によって予備(予備罪)と区別される。たとえば,殺人の目的で凶器や毒物を用意したとしても,それはまだ殺人予備(201条)の段階であって,殺人の実行の着手とはいえず,したがって,殺人未遂(203条)にはならない。いかなる行為をもって実行の着手と認めるかについては,犯人の主観を重視する主観説と客観的な行為を基準とする客観説とに分かれるが,後者が通説・判例である。客観説もさらに,構成要件該当行為の一部の開始をもって着手と解する形式的客観説と,結果発生の具体的危険の発生をもって着手と解する実質的客観説とに区別される。判例は,基本的には形式的客観説をとり,その結果,たとえば窃盗罪においては,単に窃盗目的で他人の住居に侵入しただけでは足りず具体的に窃取すべき財物を物色したことが必要とされている。もっとも,他方で判例は,構成要件該当行為に密接した行為の開始も着手にあたると解しているし,さらに最近では,電気商の店内に侵入したが,なるべく現金を窃取しようと思いレジスターのほうへ向かった時点で窃盗罪の着手ありとする判例も現れており,その結論は,実質的客観説とほとんど変わらないものとなっている。
次に未遂犯は,着手未遂と実行未遂に区別される。実行行為に着手したがそれを完了しなかった場合が着手未遂,実行行為を完了したが結果が発生しなかった場合が実行未遂である。この区別は,中止犯規定(43条但書)の適用にとって意味がある。中止犯の規定によれば,実行着手後に自己の意思により犯行を中止した場合には,刑の必要的減軽または免除という恩典が与えられるが,着手未遂,たとえば,殺人の目的で刀を振り上げた場合には,その時点で中止すればただちに中止犯たりうるが,実行未遂,たとえば,刀で相手方に致命傷を与えた場合には,積極的に結果の発生を防止する行為をなし,これによって現実に結果発生を防止しえたことを必要とする。なお,判例は,中止犯にいう〈自己の意思により〉とは,中止行為が単に自発的に行われただけでは足りず,広義での悔悟の念を必要とする傾向が強い。広義の未遂罪から中止犯を除いたものを障害未遂と呼び,一般に未遂犯というときは障害未遂を意味する。
執筆者:西田 典之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
犯罪の実行に着手したが目的を遂げなかった場合をいう。これに対し、目的を遂げる場合を既遂という。未遂は民法上は問題とならないが、刑法では、未遂を罰すべきか、また、どのような場合に罰しうるかが大いに問題となる。行為者の主観を重視すれば、犯罪を犯す意思でなんらかの行為に出た以上、処罰するのが当然であるということになるが、逆に、結果を重視すれば、犯罪的結果を実現していないから不可罰とすべきだ、ということになる。この点につき現行刑法第43条では、犯罪の実行に着手したが、これを遂げなかった者はその刑を減軽することができる、ただし、自己の意思により犯罪を中止したときはその刑を減軽または免除する、と規定されている。また、同法は、未遂犯を罰する場合は各本条においてこれを定める、と規定する(44条)。このように、現行刑法では、未遂は原則として不可罰とされ、しかも未遂犯の刑も減軽することができるとされている。未遂犯の処罰根拠として、今日では、犯罪的意思をもって、法益に対する危険、とくに具体的危険を生じさせたことがあげられる。
ところで、刑法第43条にいう「実行の着手」の意義につき、客観説と主観説との対立があるが、通説・判例である客観説によれば、犯罪構成要件に該当する行為を開始することとか、法益に対する具体的危険性を生じさせる行為を行うこと、と解される。この点に関連して、実行の着手時期が問題となるが、判例は、窃盗罪(刑法235条)につき、たとえば住居侵入窃盗では、住居に侵入したのち、金品を物色する行為を始めた時、すりについては、被害者のポケットに手を触れた時に、実行の着手があるものと解している。なお、未遂犯は犯罪の目的を遂げないことを要するが、犯罪結果が生じていても行為者の行為と因果関係が欠ける場合には、やはり未遂犯とされる。ただ、未遂犯のうち、行為者が「自己の意思により」犯罪の実現を「中止した」場合は、その刑が減軽または免除される(刑法43条但書)。このような場合を中止犯(中止未遂)とよび、外的障害により犯罪を実現しない障害未遂(狭義の未遂犯)と区別される。
[名和鐵郎]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
… 〈実行行為〉に当たるものが存在しない場合として,たとえば〈不能犯〉がある。不能犯とは,行為がその性質上結果を発生させることのおよそ不可能なものであり,未遂犯として罰せられることはない。たとえば,人を祈り殺そうとして〈丑(うし)の刻参り〉をするような迷信犯は,不能犯の典型的な例である。…
… (1)再犯加重とは(3犯以上の場合にも同じ――総称して累犯という),前に懲役に処せられた者が,その執行を終わりまたは執行の免除を受けた日から5年内に,さらに罪を犯して有期懲役に処すべき場合,長期が2倍となることをいう(56条以下)。(2)法律上の減軽は,過剰防衛(36条2項),未遂(43条),あるいは犯人が自首をした場合(42条)などに認められる(複数の事由があっても,法律上の減軽としては一括される)。この減軽により,死刑を無期または10年以上の懲役もしくは禁錮に,無期の懲役・禁錮を7年以上の有期の懲役・禁錮にするほか,刑期や金額を2分の1とするなどの措置がとられる(68条)。…
※「未遂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新