石井謙道(読み)いしい けんどう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石井謙道」の解説

石井謙道 いしい-けんどう

1840-1882 幕末-明治時代の蘭方医。
天保(てんぽう)11年11月生まれ。石井宗謙長男塩谷宕陰(しおのや-とういん)に漢籍を,箕作阮甫(みつくり-げんぽ),寺島宗則蘭学をまなび,長崎でオランダ軍医ポンペに,さらに緒方洪庵(こうあん)の適塾でまなぶ。美作(みまさか)(岡山県)勝山藩医。幕府の医学所教授となり,維新後,新政府の大学東校で病理学をおしえた。明治15年1月12日死去。43歳。美作出身。名は別に信義。字(あざな)は寿卿。号は素山,石腸。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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