祐福寺(読み)ゆうふくじ

日本歴史地名大系 「祐福寺」の解説

祐福寺
ゆうふくじ

[現在地名]東郷町春木 屋敷

旧祐福寺村の中央にあり、池を隔てて富士浅間(ふじせんげん)神社と相対する。玉松山般若院と号し、浄土宗西山禅林寺派。本尊弥陀三尊(掛物、絹本著色)。草創は建久二年(一一九一)で、嘉慶三年(一三八九)に傍示本(ほうじもと)村の加藤空妙が達智建了を開基として堂宇を建てたと当寺縁起略記にある。室町時代、足利将軍の帰依を受け、義教が富士遊覧のとき当寺で詠んだ和歌

<資料は省略されています>

が伝えられている。祐福寺文書中には、明応五年(一四九六)の足利義澄の御教書、大永八年(一五二八)の後奈良天皇勅願の綸旨、元和六年(一六二〇)の徳川義直黒印状などがあり、寺領七〇〇石は豊臣秀吉に没収されたが、尾張藩から改めて四〇石の寄進を受けた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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