神ヶ谷村
かみがやむら
[現在地名]浜松市神ヶ谷町・大平台一―四丁目・西山町
大久保村の東に位置し、南は西鴨江村、東は富塚村。松平忠頼領郷村帳に神下屋村とみえ、高七八七石余、田七一町五反余・畑八町二反余、ほか洞雲寺(現臨済宗方広寺派)領三石・八幡領一〇石。元和三年(一六一七)の水野重仲知行目録には神谷村とみえる。寛永二年(一六二五)当村の四〇四石余が旗本服部氏に与えられた(記録御用所本古文書)。正保郷帳では幕府領と旗本服部氏二家領。延宝五年(一六七七)の浜松町村家数高間尺帳では家数六六、幕府領および旗本本多・服部・三宅の三氏領。
神ヶ谷村
かみがやむら
[現在地名]豊橋市石巻本町
神郷村と金田村の間にある。「神鳳鈔」に内宮・外宮領とある神谷御厨の地。近世を通じて吉田藩領。三河国吉田領人馬役割帳(島原市本光寺蔵)に載る慶長九年(一六〇四)の検地高二一一石余。享保一〇年(一七二五)の二川宿助郷帳(橋良文庫蔵)によると、村高二六八石のうち助郷高一八九石で、二川宿まで一里一〇町。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
Sponserd by 