竜岡城(読み)たつおかじょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「竜岡城」の意味・わかりやすい解説

竜岡城
たつおかじょう

江戸末期の城。長野県佐久(さく)市田口(たぐち)にあり、函館(はこだて)五稜郭(ごりょうかく)と同じく五角形であることから、桔梗(ききょう)城の別称もある。わが国には珍しいフランス式の稜堡(りょうほ)式城郭で、築城者は竜岡藩主松平乗謨(のりかた)。1864年(元治1)に起工し、1867年(慶応3)に完成させている。城は内郭外郭の二つからなり、内郭は一辺が147メートルの五稜星形で、面積は約3万3000平方メートルとなっている。内郭中央に藩主の居宅、政庁が置かれた。当時の建造物の遺構としては台所がある。石垣、土塁、堀が残り、国の史跡に指定されている。

[小和田哲男]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「竜岡城」の意味・わかりやすい解説

竜岡城
たつおかじょう

長野県佐久市田口にあった洋式城郭。三河奥殿藩主松平乗謨 (→大給恒 ) が,本拠を奥殿から田口に移すにあたって,洋式築城術を研究して築いたもの。文久3 (1863) 年 10月に着工し,慶応2 (1866) 年 12月五稜郭が築かれ,翌年御殿が完成した。用地1万坪,工費4万両といわれる。北海道函館の五稜郭とともに城全体が星形をなし珍しい。

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世界大百科事典(旧版)内の竜岡城の言及

【五稜郭】より

…桜の名所として知られる。なお,長野県南佐久郡臼田町田口にのこる竜岡城も五稜郭式の城で,幕府大番頭大給(松平)乗謨(おぎゆうのりかた)が1866年(慶応2)に完成,規模は函館の約5分の1である。【宮上 茂隆】。…

※「竜岡城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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