最新 心理学事典 「第2言語習得」の解説
だいにげんごしゅうとく
第2言語習得
second language acquisition
【応用言語学と第2言語習得】 言語学は,大枠では理論言語学theoretical linguisticsと応用言語学applied linguisticsに下位区分される。前者は,言語そのものの構造を分析し,それをコントロールする規則を見いだすことが目的である。後者は,言語と人間行動の関係を分析し,その規則性を見いだすことが目的である。応用言語学の研究には,おおよそ40の分野があるが,その一部門として第2言語習得の研究分野が展開しているといえよう。
言語習得研究の対象は,母語習得(第1言語習得)および第2言語習得である。母語としてではないが,英語を日常生活やビジネスでつねに使用し,学校では授業で英語を学び,習熟している場合の英語を「第2言語としての英語English as second language」という。また,日常ではほとんど使わないが,仕事で必要とする場合に使う英語を「外国語としての英語English as a foreign language」という。第2言語習得では,この両者を扱うことになる。
第2言語習得は第1言語習得と関連があるが,人によって習得の環境や能力,その興味対象や方法に幅があり,研究分野は第1言語習得よりいっそう複雑である。以下は,第2言語習得研究の主な発展の流れを,研究分野別に鳥瞰するものである。まず第2次世界大戦終了後に現われた構造主義言語学,行動主義心理学の発展とそれを利用した対照研究,および外国語教授法があり,それらは後に本格的に発展してくる第2言語習得研究の基盤となる研究分野であった。
【言語の対照研究と外国語教授法】 言語の対照研究contrastive study of languageには,任意の第2言語の文法構造や意味,音韻,文化などを対照比較することにより,言語に潜む共通性と関連性を探る研究と,言語の習得の難易度を測る研究があり,応用言語学研究の一部をなしている。日本では,1900年ごろに始まった英文解釈・和文英訳の研究が広い意味での対照研究で,その結果が受験参考書となって発展した。これは,英語の表現と意味上ほぼ等しい日本語の表現を対照して学び,それを通して英語を習得するものであった。
欧米での対照研究は,1960年代にイギリスとアメリカで始まった。それは,言語を構造とみる構造主義言語学structural linguisticsと,人間心理を具体的行動と見る行動主義心理学behavioral psychologyの影響を受けて発展した。第2言語習得との関係では,たとえば英語と日本語の構造・意味・分布の対照分析を行ない,その相違の大きさによって習得の困難点と困難度を測るものである。研究の初期には,対照研究に基づく習得の困難点や困難度によって,エラーが予測できると思われていた。これに対して,デュレイDulay,H.C.とバートBurt,M.K.(1972)は,外国語としての英文の誤りの原因はほとんどが過度の一般化によるものであり,対照分析による結果はわずかであることを突き止めた。それでは,第2言語習得と関連する外国語,とくに英語教育の教授法・学習法の発展はどうだったのであろう。
行動主義心理学に基づき,同じ表現を刺激として繰り返すことで反応が習慣化する現象を言語構造習得に利用し,アメリカでフリーズFries,C.C.やラドーLado,R.などが唱導して打ち立てられた外国語教授法が,オーディオリンガル・アプローチaudio-lingual approachである。日本では,これをオーラル・アプローチoral approachという。特定の言語構造を無意識に発話できるまでパターン・プラクティスpattern practice(基本の文法表現を,パターンを変えて学習すること)して定着をはかる教授法・学習法で,1950年代から行なわれている。なお,これより以前に,パーマーPalmer,H.が日本で外国語としての英語の教授法・習得法を考案してオーラル・メソッドoral methodを提唱し,1930年代から一種の直接法として初級・中級の英語学習で役立っている。
【認知学習理論と人間中心主義教授法】 文を生成する言語規則を探る生成文法generative grammarと,言語の認識規則を心理学の研究対象とする認知心理学cognitive psychologyの台頭によってオーラル・アプローチが下火になったが,その一方で新しい教授法が生まれた。その一つが認知学習理論cognitive learning theoryであり,もう一つが人間中心主義教授法humanistic approachである。前者は耳にする生の言語資料を基に,そこに内在するルールを作り上げていく学習過程を言語習得としており,後者は情意領域を扱い,教師が外国語を教えることを通して学習者の人間性の育成をめざした。具体的教授法として,サイレントウェイSilent Wayやコミュニカティブ・ランゲージ・ティーチングcommunicative language teaching,サジェストペディアsugestopediaなどがある。次に述べる中間言語は,今まで述べてきた第2言語習得の方法に関連する有力な研究分野である。
【中間言語inter language】 中間言語は,母語としての言語システムのように完全なものではなく,第2言語学習途中の学習者の未熟な言語システムの総称である。中間言語仮説によると,第2言語習得研究で起きるさまざまな現象をかなり説明できる。セリンカSelinker,L.(1972)は,目標言語の発音や文法構造などが,習得に際して一部ゆがめられて発話・表現されるとしている。このように正しい形ではなく,学習者の母語と学習言語の間に,中間的に形成される独特の言語現象が中間言語である。たとえば,英語の名詞の複数形は「-(e)s」であるが,それを過度に一般化して,childをchildsと間違えるような場合がある。これは,英語の文法規則において過剰汎化現象が起きていることを示す。このような中間言語現象は,聞く,話す,読む,書くの4技能のすべてで起きるし,英語がかなりできる人にも起こりうることで,発音や表現や文法項目が正確に習得されないまま脳に固定されてしまうときに起きる現象である。
【第1言語習得研究から第2言語習得研究へ】 言語習得のメカニズムの研究は,第1言語習得研究から始まる。ブラウンBrown,R.(1973)は,幼児の母語(英語)習得の発達過程のメカニズムを説明するにふさわしい言語理論として,生成文法,格文法,生成意味論などの諸論を利用した。生成文法の勃興によって言語習得のメカニズムに関心が集まって以来,前述のような生成理論を使って母語習得の理論を説明することがある程度可能になっていった。この研究の流れは,第2言語習得研究にも利用できる可能性を見いだす契機となった。
ハクタHakuta,K.(1974)は,日本人のアメリカ滞在者の子どもの英語習得過程の分析を,ブラウンが試みた方法と同じ形で行なった。その結果,ハクタは,子どもの若干の形態素の習得の順序が,母語としての英語の習得の順序に類似することを発見した。また,小池生夫(1983)は,アメリカに2年半にわたって住んだ4歳,6歳,10歳の3人の日本人の子どもの英語構造習得プロセスについて,形態素や文構造,コミュニケーション・ストラテジーの面から,最初の1年半分の録音資料を分析した。その結果,第2言語である英語の習得の順序性が3人すべてに存在することを突き止め,その現象が脳の自律的働きによって起きると仮定した。そして,ハクタが取り上げた12形態素よりも多く,小池の資料に出現した形態素すべてにわたる習得の順序が,ブラウンやハクタらの研究結果に似ていることも確認した。さらに文法構造の複雑さの順序に従って,教師が教える順序と学習者の脳内で活動する自律的な習得の順序とは必ずしも一致しないとした。このように,自律的な習得の順序性の発見は,第2言語習得研究の初期段階で重要な成果をもたらしたと位置づけられている。
このような研究などを集約したクラシェンKrashen,S.(1982)は,自律的な習得の順序性が英語の形態素間に見られるという仮説を提示した。それは,具体的な形態素の習得の順序を,早い方から「進行形,複数形,be動詞」,「助動詞,冠詞」,「不規則動詞の過去形」,「規則動詞の過去形,3人称単数現在の-s,所有格の's」の4段階とするものである。この仮説は,第2言語習得研究および外国語としての英語学習の基盤研究に大きな影響を与えた。この仮説を含め,彼はモニターモデルmonitor modelを五つの下位仮説としてまとめた。すなわち,⑴習得・学習仮説,⑵モニター仮説,⑶自然習得順序仮説,⑷インプット仮説,⑸情意フィルター仮説である。⑴では,習得とは,無意識に第2言語でコミュニケーションができる能力を習得することであるとする。つまり第2言語を母語として用いる現地において,滞在する子どもが,第2言語すなわち現地語を無意識に使えるようになるのがこの例である。これに対して,学習とは,意識的に言語の仕組みを理解することによって,言語の規則を知識として手に入れることである。したがって,習得と学習はそれぞれ独立したメカニズムをもっており,その作用も異なると仮定している。⑵は,第2言語の習得が不十分でエラーを起こしがちなところを,学習で得た文構造などの言語知識を補足的に活用することによって,さらに習得が進むと仮定するものである。⑶については,第2言語の習得では,母語のいかんを問わず,また年齢要因の影響も受けず,予測可能な一定の習得の順序に従って自律的に習得する。この習得の順序性は,形態素群や統語構造にも当てはまるとするものである。⑷は,モニターモデルの中心となる仮説である。第2言語学習者が,自身のもつ習得のレベルiより少し高いレベルの構造を理解する,つまりi+1程度を理解することによって,無意識のうちにそのレベルが上がるという仮説である。⑸においては,第2言語習得に際して,十分な理解可能なインプットを与える必要があるが,学習動機が低く,自信がなく,不安がある学習者の習得は進まないことになるとされている。これは,情意フィルターの役割が不足していることに原因がある。
こうした仮説に基づいてクラシェンら(1983)が提唱した教授法は,ナチュラルアプローチnatural approachといわれた。すなわち,理解可能なインプットを子どもに浴びせつづけることにより,自然な発話を習得させることが,母語習得と同じようにできるという方法である。これは旧来の教授法と異なり,当時としては画期的なものであった。しかし,その後の第2言語習得研究は発展の一途をたどり,クラシェンのモニターモデルに対する不備を批判する論文が次々と現われた。また,このモデル以外にも新しいモデルの発見がなされ,第2言語習得のプロセスを説明するさまざまな見解が紹介され,第2言語習得のモニターモデルの研究が広がったのである。
【第1言語習得と第2言語習得の基礎的相違】 第2言語習得は,言語習得,学習の環境・条件によって変化し,第1言語における母語習得のような均一性がない。逆にそこが第2言語習得研究の奥行きの深さになるわけである。生得的な言語習得で説明できることもあれば,それとは異なる問題解決型で説明できることもある。こうした現象を,ブライブローマンBley-Vroman,R.(1989)は根本的相違仮説fundamental-difference hypothesisで説明しているが,第1言語習得では個人差がなく,成功の度合いは均一で,意欲の差が習得に影響しない。これに対して,第2言語習得では個人差があり,成功の度合いはさまざまで,意欲の強さが習得を左右している。しかし,この仮説によって大方の説明が有効であるとは必ずしもいえず,第2言語習得が成立するための中間言語文法の本質が,いまだ十分に解き明かされていないといえる。
【第2言語習得の認知プロセス理論】 第2言語習得のプロセスはどのようなものか。クラシェン以降の最近までの一連の研究を,とくに言語教授法との関連でまとめて紹介する。その内容は,気づき,理解,内在化,統合などの認知プロセスによって第2言語習得が起きるとする情報処理型モデルで,第2言語習得のメカニズムに関する多くの研究をまとめたものである。
シュミットSchmidt,R.(1990)によると,第2言語の学習に際しての脳の働きは,第1段階では気づきnoticingから始まる。これは,聞く,読むなどの行為を通して,外界から聞こえてくる音韻,意味,語彙,文構造などの知識を曖昧なまま脳内に吸収するというインプット現象である。すなわち,目や耳を使って特定の語彙や文法項目,音などに注意が行く。その時,一部については,この情報はこういう形態であるとか,こういう機能をもっているとか理解ができるが,他は理解できないという場合がある。理解が完全でなくとも,何かの意味を直感できると説明されている。
ガスGass,S.(1997)によると,第2段階では理解comprehensionに進む。そこでは,その発話の意味がわかり,さらにその発話の文法構造の形式と,それが果たす機能がどういうものであるかが理解される。発話の形式や意味および機能が,理解されたインプットcomprehensive inputとして,脳の言語操作作用に入ってくる。
バンパトンVanPatten,B.(1996)やガスGass,S.(1997)によると,第3段階では内在化intakeの段階に入る。ここでの内在化は,「(学習者の脳の)内部に取り入れる」という意味で,脳内活動として気づき,理解した言語項目を,脳内に同化・吸収するプロセスであり,インプットを文法作用に変換する心的活動である。第2言語の学習者は,母語話者の場合とは異なり,学習者自らが仮定してつくった中間言語が相手に正しく伝わったのかどうか,相手の反応を見ながら検証する。この心的行動を仮説検証hypothesis testingという。発話の意味が相手に伝わらない,誤解されて伝わるという現象が起きた場合は,仮説検証は失敗したことになる。自ら仮定して作った中間言語の仮説検証が相手に伝わるということが確認できたなら,言語習得は成功である。なお,内在化をうながすためには,第2言語で本を多く読み,映画やTVなどを見てその発話の意味理解を続け,積極的に会話の機会を増やすことが望ましい。
デカイザーDeKeyser,R.(2001)などによると,第4段階は統合integrationで,内在化を経て達するプロセスである。学習者内部の言語知識が,学習者の脳内に統合されることによって長期記億に変化するが,その変化の作用は自動化現象automatizationとして瞬時に起きるように働く。このように言語知識が,自由に瞬間的に長期記憶long term memoryとして学習者の中間言語システムに組み込まれるプロセスが統合である。統合を促進するには,インプット活動やアウトプット活動,つまり聞く,話す,読む,書くの練習が繰り返されることによって,言いよどむ,口ごもるなどの動きが消え,スムースに口頭で議論ができる状態(脳が活発に動く状態)になることが重要である。
スウェインSwain,M.(1995)のアウトプット仮説hypothesis output(話したり,書いたりすることによって,第2言語習得のさまざまな認知プロセスを促すことができるとする仮説)によると,第5段階で思っていることを話したり,書いたりすることの必要性が理由づけられる。たとえば,教室において先生と生徒が英語のみでやりとりをするためのイマージョン・プログラムimmersion programを受けている子どもは,聞く,読むという能力が十分についてもアウトプットの機会が少なく,相手に理解されるアウトプットが不足がちとなる。これを補うためには,相手に理解されるようにアウトプットを意識的につくる努力が必要である。その理由は,以下の4点である。①アウトプットすることによって,自分が発話できるかできないかの確かさを確認できる。②仮説検証の機会が生まれやすくなり,正しい表現に近づけようとする意志が学習者の中に生まれる。③統語処理,文法に対する意識化が促進され,聞く,読むという作業では内容語中心に理解が進み,話す,書くという作業では文法規則に注意が行く。④言語知識の自動化が進み,アウトプットされるたびに言語項目を繰り返して使用するうちに,それらの言語項目を自動的・瞬間的に正しく使うことになる。
【インタラクションinteraction】 インタラクションも第2言語の認知プロセス理論の一部である。ことばを使って対話をすることを意味し,それを通して相互理解に必要な意味交渉が行なわれる。第2言語習得能力の質を上げるために,インタラクションがうながす認知プロセス作用は,以下の4点である。①意味理解comprehension:インタラクションをする中で意味交渉が行われた場合,理解不可能なインプットが理解可能なインプットになり,意味理解が促進される。②形式・意味・機能マッピングform-meaning-function mapping:明確なコンテクストで意味交渉が取れた場合,用いられる言語の形式・意味・機能が適切に使用されることによって伝達が成功する。③仮説検証:相手との対話によって,発話者が自分の発話が正しかったかどうかを相手の反応から検証することができる。④強制アウトプットpushed output:発話者が,自分の言ったことが相手にわからないと言われて再度言い直すとか,逆に相手の言うことがわからなくて反復を要求するという場面で,学習者は再度自分のインプットを見直さなければならない。その行為が第2言語の習得の能力を高める。以上のように,第2言語習得の過程を説明するための理論として,認知プロセス理論が有効であるとされる。
【フォーカス・オン・フォームfocus on form】 これは,ロングLong,M.(1988)が提唱したものである。コミュニケーション能力を高めるために,内容中心またはタスク中心の授業で言語活動をしている途中で,特定の文法や語彙が学習者にわからないことがある。その場合,内容の理解や意味重視から文法や語彙形式へと学習者の注意をいったん向けさせ,その後で元に戻す指導法・学習法を取る。これをフォーカス・オン・フォームという。意味内容中心に読み,書きなどの授業を受けている途中などに,このようなことが起きる。そのとき,学習者が自分で調べるか,教師に質問するかによって問題の解決をはかるのは,コンテクストのより明解な理解を助けることになる。そのような教授法・学習法が,第2言語習得の能力向上に役立つとされる。また,実際に英語を使って他の諸教科を学習させる内容言語統合型学習content and language integrated learning(CLIL)という指導法も,最近注目されている。
【コミュニケーション能力とコミュニカティブ・アプローチ】 コミュニケーション能力communicative competenceは,人間に生来備わっている自然な言語能力で,一般に四つの能力を総合したものといわれる。その一つ目は文法能力で,語彙や文法を使いこなす能力である。二つ目は談話能力で,まとまりのある文章や会話を理解したり,それらを作る能力である。三つ目は方略的能力で,コミュニケーションを円滑に進めるための方略を使う能力である。四つ目は社会言語能力で,社会文化的規則に従って適切に言語を使う能力である。コミュニケーション能力という概念は,最初はアメリカのハイムズHymes,D.やラボフLabov,W.らの社会言語学者によって提唱された。一方,イギリスのウイルキンズWilkins,D.が唱えた概念・機能シラバスnotional functional syllabusは,物事が言語によって表わされる意味notionと言語が果たす機能functionによって,学習者の必要性を中心としてシラバスを作成することを指す。
コミュニカティブ・アプローチcommunicative approachは,第2言語習得において,今日でも新しく,しかも影響力をもちつづけている教授理論・学習理論である。そして,外国語や第2言語を習得するための学習上の教授法でもあり,概念・機能シラバスに基づくコミュニケーション能力養成を重視している。今日では,この考え方は広く外国語教授法に用いられて一般化しており,その方法もさまざまな工夫から成る。具体的には,概念・機能シラバスを基盤に実際の社会的コミュニケーションで何が必要かを学習者に想定させ,ロールプレイを行ない,文章よりも談話discourseを利用し,相手とのやりとりinteractionを重視し,4技能を最初から一緒に導入する方法を取るなど,教室作業で実際のコミュニケーション能力を育成するための工夫となっている。
生成文法の基礎にある言語能力養成に対抗して,対人関係での言語の使用や社会的使用の適切性を図る能力を意味するコミュニケーション能力を発達させるのが,今日の外国語教育の中心的課題である。
【CEFR】 過去40年以上にわたり,第2言語や外国語のコミュニケーション能力養成は,欧州を中心に発展してきたが,これにかかわる『外国語の学習,教授,評価のためのヨーロッパ共通参照枠Common European Framework of Reference for Languages:Learning,teaching,assessment』(CEFR)を紹介する。これは,2001年に欧州評議会Council of Europeによって作成されたもので,今日の欧州における現代語教育政策の要となるものである。ここでは,複言語主義plurilingualismと複文化主義pluriculturalismが標榜されている。前者は個人が母語と第2言語を同時に使用することを可能にし,後者は複数文化を理解するように言語教育政策を行なうことを意味する。また,欧州各国の民族や人々のコミュニケーション能力の向上を図るため,can do~方式を採用している。この方式は,外国語学習を始めた初歩レベルから最高水準のネイティブ並みのレベルまで6段階を設置し,「(実際の言語使用場面で)~することができる(can do~)」ということを記述する例示的能力記述文を段階ごとに提供するものである。一種の評価基準を共通に設けたもので,行動中心型の言語行動能力を6段階の到達目標を示す記述文として設定する方式であるといえよう。これを基に,現在欧州各国は外国語教授,学習の政策,教授法,カリキュラム,学習法,教材を連携して共同で開発・実施しており,機能主義に立つ広義の第2言語習得を拡大・発展させるための政策論ともいえるものである。グローバル時代にふさわしい教授法,現代語教育政策で,世界的に流行の兆しがある。
【第2言語の喪失second language attrition】 第2言語の喪失は,第2言語習得の反対の現象である。習得した第2言語の喪失現象は,移民や海外からの帰国者などに見られる。この現象はさまざまであるが,喪失要因は経過年数,熟達の度合い,年齢,4技能,動機などに見られる。喪失の度合いと年数は,必ずしも正比例しない。熟達度が高い人は,第2言語を喪失しにくい。年齢が低い子どもは,高い子どもより喪失が早い。4技能のうち,読み書き能力が第2言語の維持に好ましい影響をもつ。動機としては,やる気がある人は第2言語を維持しやすい。帰国後,その言語に触れる機会が少なければ喪失しやすい。語彙や文法構造の喪失順序は,言語習得の順序と逆の順序で早く起きる傾向があるが,それは部分的であり,単純には断定できない。
【社会・文化の観点から見た第2言語習得】 社会・文化の観点から第2言語習得のさまざまな現象を見て,分析する研究も広がりつつある。たとえば,民族文化の相違が第2言語習得にどう影響するかを検討する研究がある。具体的に言えば,敬意politenessを示す表現形式や表現戦略などが,民族文化の諸断面でどういう相違をもつかを分析理解し,コミュニケーション能力の向上に役立てることができる。その場合,コミュニケーションの相手の社会慣習,言語の変異形,異文化間コミュニケーションでの談話分析,語用論での誤りの研究などが第2言語習得の研究領域に入り込んできており,かつ広がっていることにも注意する必要がある。 →外国語教育 →コミュニケーション →バイリンガリズム →バイリンガル教育
〔小池 生夫〕
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