バイリンガル教育(読み)バイリンガルきょういく(英語表記)bilingual education

最新 心理学事典 「バイリンガル教育」の解説

バイリンガルきょういく
バイリンガル教育
bilingual education

二つの言語能力を育成するための教育,または外国語以外の教科も外国語で教えることを指す。カナダでは1965年に公用語であるフランス語と英語のバイリンガル教育がケベック州モントリオールのセント・ランバート地区の幼稚園で正式に開始された。アメリカでは19世紀の半ばドイツ語と英語のバイリンガル教育が始まったと考えられているが,バイリンガル教育はそれ以前にすでにさまざまな形で存在していた。バイリンガル教育という用語は曖昧で広義的な意味をもち,多様な形態が含まれる。マッケイMackey,W.F.(1970)はバイリンガル教育を90種類に分類し,提示している。その後,ベーカーBaker,C.(1993)は10種類に分類している。さまざまな形態の中にバイリンガル教育の言語的到達目標によって移行型バイリンガル教育transitional bilingual educationと維持型バイリンガル教育maintenance bilingual educationがある。移行型においては,第2言語で行なわれる教科学習に参加できる言語能力を身につけることを目的とする。子どもは最初は母語で教科学習を受けるが,学校教育が受けられる第2言語の能力が備われば,母語による教科学習が終わるという一時的2言語使用のタイプである。その最終目標は1言語の使用である。つまり,移行型バイリンガル教育は家庭で使われる少数派言語から多数派言語への移行教育であり,社会に同化させるためのバイリンガル教育として位置づけられる。維持型においては,少数派言語の子どもを対象に,多数派言語だけではなく,少数派言語である母語と第2言語による教科学習を同時に行ない,第2言語の能力を身につけても,母語の保持と伸長をめざして,アイデンティティの発達を強化させる。家庭で使われる少数派言語を肯定し,母語と社会的に多数派言語が同時に伸びるような教育を目的とする。維持型の最終目標は2言語の使用である。

 バイリンガル教育の形態の一つに,同化をさせる目的のサブマージョンsubmersionがある。サブマージョンとは少数派言語の特別な教育がまったく行なわれず,多数派言語のクラスに入れて多数派言語しか使わない方式である。たとえば,スペイン語を母語とする子どもを英語のクラスに入れて,英語を母語とする子どもと一緒に授業を受けさせる方式である。自然にかつ迅速に多数派言語を習得することが期待されるが,多数派言語しか使わないので,習得できた子どももいれば,そうではない子どももいる。少数派言語の教育を,一時的にも施されることがない点が移行型との違いである。サブマージョンに対し,多数派言語の子どもを対象に学校では第2言語を取り入れ,高度な2言語能力を育成する方式がイマージョンである。

【イマージョン・プログラムimmersion program】 イマージョンimmersionとは英語の「浸すimmerse」ということば語源で,「その言語の環境に浸る」という意味である。イマージョンの教育プログラムで学ぶ言語を目標言語target languageとよぶ。すなわち,子どもを目標言語の環境に浸すことを意味する。イマージョン・プログラムの特徴は学校で二つの言語を教科(社会,算数理科など)によって使い分けることにより,2言語の能力を同時に発達させ,2言語・2文化を身につけさせるのが目的である。つまり第2言語を授業の目的としてではなく,手段として使い,ある一つの言語話者に第2言語を用いて教科を教えることによって,その第2言語を習得させると同時に,教科内容も学習する積極的なバイリンガル教育の形態である。カナダのフランス語イマージョン・プログラムは,最も成功したバイリンガル教育の一つと考えられる。イマージョン・プログラムにはさまざまな実施形態がある。その形態は,開始年齢と接触時間によって分類することができる。開始年齢は,幼稚園の段階から始める早期イマージョンearly immersion,小学校・中学年から始める中期イマージョンmiddle immersion,中学校から始める後期イマージョンlate middle immersionに分けられる。接触時間は,最初は授業の100%が目標言語によって行なわれるという完全イマージョンtotal immersion,授業の50%程度が目標言語によって行なわれるという部分イマージョンpartial immersionに分けられる。カナダでは早期・中期・後期のイマージョンと完全・部分のイマージョンが組み合わされ,さまざまなイマージョン・プログラムが実施されている。

【日本のバイリンガル教育】 帰国児童生徒の言語教育プログラム,日本への移民や外国人労働者に随伴する外国人児童生徒の言語教育,一般生徒の英語教育など多種多様である。1965年に日本で初めて帰国児童生徒の受け入れ学級が国立大学付属学校に設けられたが,同化を目的とした適応教育に重点をおき,海外で習得した外国語の維持が重要視されないため,バイリンガル教育の効果が見られなかった。しかし,1970年代には特性を伸ばす教育に変わり,帰国児童生徒が海外で得た第2言語は初めて価値あるものとみなされ,学校教育の中に位置づけるようになった。1980年代以降になると,国際理解教育が提起され,帰国児童生徒の存在が国際社会を認識する要因の一つとなった。1980年代後半に国際人の育成をめざして,帰国児童生徒,留学生,日本人の生徒がともに学ぶための国際学科を設置する中学校や高等学校も現われた。

 日本における最初の英語イマージョン・プログラム教育は,1992年から静岡県沼津市にある加藤学園暁秀初等学校で実施された。日本にある外国人学校の大多数を占める朝鮮学校では,日本に生まれ育った在日3~5世の子どもに朝鮮語イマージョン・プログラムが実施されている。日本のバイリンガル教育を考える際,インターナショナルスクールに注目しなくてはならない。東京横浜独逸学園,アメリカンスクール・イン・ジャパンなどのように,その国の在日児童生徒の教育のために設立された学校もあれば,特定の国の教育方針に沿うことなく,国際人の養成を目的に外国人児童生徒,日本人の生徒,海外からの帰国児童生徒,国際結婚家庭の子どもなどが在籍する英語教育を行なう学校もある。近年,英語ではなく,中国語を学ばせるため,中華系の学校に通うという道を選択する家庭が多くなっている。このように日本語以外の言語で教科を教える学校は,日本語が母語の生徒にとってはイマージョン・プログラム教育の学校となる。

 1991年度から行なわれている「日本語指導が必要な外国人児童生徒の受入れ状況等に関する調査」では,ポルトガル語,中国語,スペイン語を母語とする児童生徒が7割以上を占めている。ブラジル国籍者数が最も多くいる浜松市の小・中学校では,日本語指導や適応するための指導を実施しているが,外国人児童生徒の母語と日本語の二つの言語能力を育成するための「ことばの教室」が開かれている。また,一般小学校での外国人児童生徒に,授業についていける程度の日本語能力をつけるため,普通のクラスとは別に,特別な個人指導をする取り出し授業の形で行なわれる国際教室が設置されている。しかし,近年では社会の多様性に伴い,日本語指導が必要な児童生徒はすべてが外国籍ではなくなっている。帰国児童生徒や国際結婚家庭の子どもの中にも,日本語指導が必要な子どもがいる一方,外国籍であっても,長く日本で生活する子どもや日本で生まれ育った子どもは,日本語指導が必要なく日本の学校に在籍している場合もある。

 日本の外国語教育に関しては,公立小学校では2002年から「総合的な学習の時間」における国際理解教育の一環として,外国語会話(英語)が始まった。しかし,国語の力の育成の重要性や日本人のアイデンティティの形成,言語の多様性などの問題が提起されている。 →外国語教育 →言語教育 →第2言語習得 →バイリンガリズム
〔李 美靜〕

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