日本大百科全書(ニッポニカ) 「格文法」の意味・わかりやすい解説
格文法
かくぶんぽう
アメリカの言語学者フィルモアCharles J. Fillmore(1929―2014)の言語理論。変形文法の標準理論への対案として1966年に提起されたが、巨視的には標準理論の表記上の変種とも考えられる。英語のように主語と述語からなる文の構成を表層構造での現象とみなし、標準理論より深い(したがって、より抽象的な)深層構造を設定する。そこで、文(S)は法範疇(はんちゅう)(M)と命題(P)からなり、法範疇には否定・法・相・時制などの要素が含まれ、命題には一つの動詞(および形容詞)と一つまたはそれ以上の名詞句が含まれる。各名詞句には、深層における格の役割が与えられており、動詞の種類によってどのような格の名詞句をいくつとるかが決まる。たとえば英語の動詞openは、動作主格(A)、道具格(I)、対象格(O)の三つをとるが、このうちAとIは暗黙の了解として表層に現れないこともある。こうして次の四つの文は、同じ深層構造から格の選び方の違いによって生じたものとして説明することができる。
The door opened.(Oのみ)
The janitor opened the door.(O、A)
This key opened the door.(O、I)
The janitor opened the door with this key.(O、I、A)
このようにして、標準理論では、表層の文型が違う文は、動詞が同じでも異なる深層構造からつくられるのに対し、格文法では、同じ動詞を中心とする意味上関係のある文は、自動詞構文と他動詞構文のように文型が著しく異なっていても、一まとめに扱うことができる利点がある。格の種類としては、上記の三つのほか、与格(D)、場所格(L)、時間格(T)、作為格(F)、受益格(B)などが最初考えられていたが、のちにフィルモア自身も含めて再三改定された。
このように、格の分類に決定的な基準が設けられないことや、英語の場合にはかなり不自然な変形操作を仮定しなければならないこともあって、全盛期に比べてやや行き詰まった感がある。しかし、英語の一部の前置詞の働きと日本語の助詞の働きを関連づけるなど、言語の対照研究や言語類型論に示唆を与えるところもあり、根強い人気をいまだに保っている。またフィルモアの理論から派生したものとして、イギリスのアンダーソンJohn M. Anderson(1941― )、アメリカのクックWalter A. Cook(1922―1999)、ニルソンDon L. F. Nilson、スタロスタStanley Starosta(1939―2002)らの格文法もある。
[田中春美]
『フィルモア著、田中春美・船越道雄訳『格文法の原理――言語の意味と構造』(1988・三省堂)』