がいこくごきょういく
外国語教育
foreign language education
外国語とは,学習者が属するコミュニティで日常のコミュニケーションの手段として使用されることのない言語を指す。一方,第2言語second languageとは,異なる言語を用いる人びとで構成されるコミュニティにおいて共通のコミュニケーション手段とされる言語である。しかし,国際化の進展に対応し,国際社会の中に生きるために必要な資質を養うという視点に立てば,国際社会で共通語とされる外国語を第2言語,すなわち共通のコミュニケーション手段として学習し,理解力ばかりでなく発信力を育成することが外国語教育の目標となる。2008年に改訂された中学校学習指導要領の外国語科を例に取れば,外国語を通じて,言語や文化に対する理解を深めること,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図ること,聞く,話す,読む,書くなどのコミュニケーション能力の基礎を養うことの3点が目標とされる。文法や語彙などの知識の習得にとどまることなく,外国語でコミュニケーションできるための基礎となる能力として,聞く,話す,読む,書くという四つの技能をバランス良く獲得することが求められている。
【外国語教育の方法】 外国語の教授法は,おおむね三つの系統に区分されるだろう。一つは,伝統的な教授法であり,文法の解説と教科書の訳読を主たる技法とする文法訳読法grammar translation methodである。教科書に依存する伝統的な教授法であり,外国文化を吸収する手だてとして正確な訳読ができることを目的とする。この方法では,規範的な規則としての文法を操れること,単語をたくさん記憶していることをめざした指導が行なわれる。高等学校の読解を中心とした授業などでは文法訳読法が多く用いられている。文法訳読法では,外国語によるコミュニケーションの直接的な指導は行なわれず,将来において外国語を用いてコミュニケーションをする際の基盤となる能力として,文法の知識や語彙力の育成に力点がおかれている。
二つ目は,「聞く」「話す」能力の育成を第1の目的として,聞き取りや文型の口頭練習を重視するオーディオリンガル法audio-lingual methodである。文法訳読法への批判として,「聞く」「話す」能力を直接的に育成する技法として考案された教授法である。この方法の背景には,構造言語学による外国語の分析と行動主義的学習理論の立場に立つ言語習得理論がある。行動主義の学習理論では,外国語もまた繰り返し練習による習慣形成によって習得されると考えている。そのために練習が重視される。練習は,構造言語学による分析に基づいて単純な文型から徐々に複雑な文型へと緻密に配置された教材に沿って行なわれる。典型的な授業は,その課の基本対話の導入に始まり,新出の文法事項や新出の単語の説明,それに続く新しい文型の説明,文型練習(単語の置き換えによるパターン練習など),補充練習,対話文の暗記が行なわれる。外国語は習慣形成によって習得されるという考え方を背景としているために,誤った習慣が形成されないように,発音や文法の誤りなどは厳しく修正され,つねに,正確な発音と文法的に正しい発話が求められる。この方法では,習得した文型がどのような場面で使用できるのか,暗記した対話どおりに会話が進まない場合にはどうしたらよいのかといった,実際のコミュニケーションに必要な能力が訓練されることはない。また,行動主義的な学習理論に立脚しているために,学習者は教師によって訓練される受動的存在となりがちである。
三つ目は,教室で学習者に主体的なコミュニケーションを行なわせることを主たる技法とするコミュニカティブ・アプローチcommunicative approachである。この方法は,コミュニカティブ・ランゲージ・ティーチングcommunicative language teaching(CLT)とよばれることもある。外国語によるコミュニケーション能力そのものを育成することが目的とされる。外国語を用いて有効なコミュニケーションを行なううえで必要な能力として,カナールCanale,M.とスウェインSwain,M.(1980)のコミュニケーション能力の定義がよく知られている。すなわち,コミュニケーション能力communicative competenceは,語彙や文法,音声,文字を使いこなすための文法能力,まとまりのある文章や会話を理解したり,構成したりするための談話能力,使用する文がその場にふさわしい一般的な表現であるかどうかを判断するための社会言語学的能力,コミュニケーションを円滑に進めるための方略を利用できる方略能力という四つの下位能力で構成されているという説である。このようなコミュニケーション能力の習得のために,教室で外国語を用いた主体的な言語活動を行なわせることが有効であるとするのが,コミュニカティブ・アプローチである。そのために,授業中に外国語を用いてコミュニケーションし,情報収集したり課題を解決したりするタスクが用いられる。コミュニカティブ・アプローチの授業で学習者に求められるのは,単語の記憶でも文型練習でもなくタスクの遂行である。したがって,タスクが学習者の興味や関心に即応している場合には高い内発的動機づけを期待できる。しかし,体系立った正確な文法知識の習得や正確な発音の習得には向かないといった批判もある。
【外国語教育の授業】 コミュニケーション能力の育成を目標とする外国語教育では,文法解説や文型練習を主たる技法とする授業から能動的な言語活動を重視した授業への変化が求められている。実際の授業では,具体的な教育目標や対象となる学習者の特性に応じて適切な方法を選択できることが重要となる。学習者が成人の場合は,すでに身につけている母語からの干渉のために学習がむずかしくなることや外国語学習に対する不安など不利な点をもつ。しかし,その一方で,発達した知的能力に依存する一般的な学習技能や,体系づけられた教材や言語学的な規則が利用できるという利点をもっている。一方,児童期の学習者の場合には,母語からの干渉や学習に伴う不安が少ないという点で成人の場合より有利である一方で,成人の場合に利用できるような一般的学習能力が十分に獲得されておらず,言語学的な規則を利用した学習も難しいことから,成人と同じ方法で外国語を習得することは困難であるとされている。そのため,小学校段階で外国語教育を行なう場合には,中学校段階で教える内容を前倒しするのではなく,児童期の特性を生かす必要がある。児童期の外国語教育では,発話よりも聴覚的理解を優先し,聞いて理解した事柄を体全体で表現させるような技法を用いたり,言語活動をゲームとして与えたりするなどの工夫も有効である。
また,教室で言語活動を行なう場合,外国語であろうと母国語であろうと,他者を前にして自分の考えや意見を自由に述べても自我が脅威にさらされることのない,自己を表現しやすい教室の雰囲気を作ることも教師の役割として重要となる。 →第2言語習得 →バイリンガリズム →バイリンガル教育
〔中條 和光〕
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外国語教育 (がいこくごきょういく)
外国語を教育する一般的目標は,(1)言語としての外国語を学ぶことによって学生・生徒の言語意識を鋭くし,国語に対する理解と意識を高め,(2)言語の表現する内容の理解を通じて諸外国の文化に接触せしめ,これによって国民文化をいっそう深く理解せしめることである。学校における外国語教育には,したがって,特定部門を専攻するための基礎を修得させる実用的・専門的教育と,一般教養的な教育との2方向が包含されている。
日本の外国語教育の歴史は,広義には洋学輸入の歴史である。それは江戸中期以降の蘭学による医学,天文学,地理学,植物学,物理学,化学,兵学など実利的な分野の輸入からはじまった。この方向は新井白石の《西洋紀聞》(1715)にあらわれた〈和魂洋才〉の観念に源を発するが,その後,幕末から明治にかけて福沢諭吉らがウェーランドの経済書や修身書を訳すにおよんで,精神文化の領域にも洋学が浸透しはじめた。こうして日本洋学の重心はしだいに蘭学から英学へ移行した。この方向は明治維新後も受け継がれ,1868年(明治1)の教育令には〈漢土西洋,学共ニ皇道,羽翼トス可シ〉とあり,70年の〈小学規則〉にはイギリス,ドイツ,フランス,オランダの4ヵ国語の教育があげられるにいたった。その後72年の〈学制〉では,中学(上・下等),尋常小学(上等)で外国語が課せられたが,小学のほうは79年にその教科目から削除されることとなった(1884年,選択科目として一時復活)。中学校では86年に第1外国語は通常英語とし,第2外国語は通常ドイツ語もしくはフランス語とすることが定められ,99年には第1,第2の別なくイギリス,ドイツ,フランスのいずれかの国語にすることが定められた。その後昭和にはいって中国語やマレー語の教授も加えられたことがあったが長続きせず,大勢としてはほとんどの学校が英語を採用し,日本の初等・中等教育における外国語教育は,英語教育を意味するといってもいいすぎではなかった。
一方,外国語の専門教育は,1873年に開設された東京外国語学校(入学資格は年齢14歳以上の小学卒業者,修業年限4年,イギリス,フランス,ドイツ,ロシア,中国の各国語を教授した)にはじまる。これ以前にも1855年(安政2)に幕府が江戸にもうけた洋学所(のちの開成所)があり,もっぱら蘭学を教授し,のちにこれを蕃書調所(ばんしよしらべしよ)と改称してオランダ,フランス,ドイツ,ロシアの各外国語を教授した。新たに設置された外国語学校はこの後身ともみられるものである。その後大阪,長崎など6都市に外国語学校を設置したが,それらは内容の上からまもなく英語学校と改称,しかも4年後には廃校となった。85年には東京外国語学校も東京商業学校(のちの高等商業学校)に合併された。その後,中学校卒業を入学資格とし,外国語に熟達し,国際的実務に従事するものを養成する外国語学校は,97年東京高等商業学校に付設されたのにはじまる。それが99年修業年限3年の官立東京外国語学校として独立,さらに1928年修業年限を4年に延長して,イギリス,フランス,ドイツ,ロシア,イタリア,スペイン,ポルトガル,シナ(中国),蒙古,シャム,マライ,インド,タミルの13語部をもうけ,各語部を文科,貿易,拓殖の3科に分けた。そして44年東京外事専門学校(東京外国語大学の前身)と改称された。このほか1921年設立の官立大阪外国語学校(大阪外国語大学の前身)は,修業年限3年,9語部をもち,私立学校としては25年奈良県に設立の天理外国語学校(天理大学の前身)がある。これらの学校はいずれも,第2次世界大戦後の学制改革によって4年制の新制大学として再編成された。
第2次世界大戦後,日本の学校教育における外国語教育については,学校教育法施行規則(1947)によって根本的に規定されている。中学校においては,外国語(英語)は選択教科として教授されている。高等学校においては,同じく選択教科として外国語(英語,ただし外国語を2種類以上学習することを妨げない)が教授されることとしてきたが,55年8月の高等学校教育課程の改訂に伴い,第2外国語を置くことができることとなった。第1外国語および第2外国語は,英語,ドイツ語,フランス語またはその他の現代の外国語とされている。
欧米諸国において,外国語教育が近代語として学校教育の中にとり入れられたのは18世紀後半からのことである。政治,経済,文化など各方面の活動が活発となり,一方,交通・通信機関の発達により諸国間の交流が頻繁となるにおよんで,外国語をはやく読み,書き,話し,聞くことが必要となってきた。それまでには古典的教養や宗教教育と結びついてギリシア語,ラテン語の学習が行われていたが,これだけでは世界の新しい事態に処してゆくことは不可能となり,近代語の教育が不可欠のものとなった。また方法の上でも新しい言語学習の方法がくふう,研究されるようになり,ベルリッツ・メソッドBerlitz method,グアン・メソッドGouin method,オーラル・メソッドoral methodなど,ダイレクト・メソッドdirect methodを基調とする学習指導法が登場してきた。オーラル・メソッドは日本にも導入されているが,これについては〈英語〉の項目のうち〈日本における英語教育〉を参照されたい。なお,ドイツ語,フランス語などの日本における受容の歴史については各言語の項目を参照されたい。
→言語教育
執筆者:若菜 照彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
外国語教育
がいこくごきょういく
この地球上には方言を除いて約3000もの自然言語が使われているといわれるが、そのうちのある言語を、それを母国語とする国とか社会とかで教える活動が母国語教育となり、それを母国語としない国とか社会とかで教える活動が外国語教育あるいは第二言語教育と位置づけられる。
ヨーロッパ諸国においては外国語教育は早くから行われていたが、それはおもにギリシア語やラテン語などによる古典的教養や宗教教育のためであった。外国語教育が組織的に学校教育に取り入れられたのは18世紀後半のことであり、現代外国語が教科目に入れられたのは19世紀以後のことである。一方アメリカでは、近代語教育の必要性が早くから痛感され、なんらかの形で外国語が教えられたのは18世紀後半のフランス語であり、ついでイタリア語、スペイン語、ポルトガル語など、そしてその後ドイツ語が教えられた。こうして1860年代ごろには、アメリカでは主要なハイスクールやアカデミーで現代外国語がカリキュラムにその位置を占めるに至った。
われわれ日本人が母国語である日本語以外の言語すなわち外国語を学んだという観点からすれば、4世紀ごろから漢字漢文を学び始めたとする説があるし、最初の西洋語であるポルトガル語に接したのは、1543年(天文12)ポルトガル人の種子島(たねがしま)漂着の際であった。そして17世紀後半にはオランダ語に移り、1808年(文化5)、イギリスの軍艦フェートン号が長崎に不法侵入した事件をきっかけに英語学習の必要性が叫ばれるようになった。外国語科、つまり教科としての外国語は、少なくとも中等学校に関する限り、1872年(明治5)の学制に「外国語学」が教科の名称として含められて以来である。その外国語の種類も、第一外国語として英語、第二外国語としてドイツ語またはフランス語を基調としながら、学校教育に位置づけられてきた。
母国語を異にする人々の間の交流がますます盛んになってきた現在、世界の中等学校において外国語教育が行われていない国はほとんどないといってよい。一般的にいえば、外国語教育はいずれの国においても、知的・社会的訓練とともに一般教養として、また、互いに意志、感情、思想を疎通させる道具を得るという実用的目的をもって行われる。国際共通語といわれる英語の場合、この実用性がいっそう強調されている。
外国語教育には、母国語教育に共通する側面すなわち言語観と、外国語教育にしかみいだせない特性とが存在する。前者については、たとえば、言語の本質は音声であり文字は二次的表出手段であるとの見方があり、後者については、たとえば、学習者がすでに第一言語(母国語)を習得したのちに開始すること、多くは学校教育において限られた期間内になされること、などがあげられる。
外国語教授法としては、ギリシア語やラテン語などの古典語の学習方法をそのまままねたといわれる文法・訳読式教授法が古くから行われてきたが、新しい言語観に基づく音声重視の教授法が次々と導入され、今日では種々の方法の優れたところを折衷して教えているのが実状であるといってよい。今後の課題としては、教授法の改善とともに適切な教材の開発、時間数や外国語学習開始年齢の検討などがある。
[垣田直巳]
『W・F・マッケイ著、伊藤健三・和田正吾・池田重三訳『言語教育分析』(1979・大修館書店)』
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外国語教育
がいこくごきょういく
児童が成長の過程で自然に習得する母国語以外の言語を教育すること。その目的は意志伝達のほか,言語の理解を通じて他国の諸文化を理解することにもある。日本における漢文教育,ヨーロッパのラテン語教育などは直接の伝達手段としてよりも,もっぱらその背景にある文化に接することを目的としていた。現代外国語の教育が学校教育に取入れられたのは一般的には 18世紀以後である。教授方法は文法,訳読法と直接教授法とに2分されるがオーラル・メソッドなど直接教授法が主流となりつつある。日本では主として英語,ドイツ語,フランス語が教えられるが,諸外国でも国連公用語である英語,フランス語,ロシア語,スペイン語,中国語およびドイツ語の1ないし2を一般教養として教えるところが多い。かつては中等教育段階からと考えられたが,現代ではその開始時期は早められる傾向にある。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
世界大百科事典(旧版)内の外国語教育の言及
【フランス語】より
…しかし明治憲法の制定をきっかけにドイツ系の学問が盛んになるに及び,当初より英語優勢の教育界においてフランス語の占める相対的勢力はさらに減少した。このような英語,ドイツ語,フランス語の外国語教育における勢力関係は,根本的には覆されることなく今日に及んでいるが,この間明治・大正・昭和を通じて,特にフランス文学の研究や翻訳・紹介が活発に行われ,日本の文学界に大きな影響を及ぼしてきた事実は見のがせない。なお,第2次世界大戦後の学制改革に伴い,フランス語はドイツ語と並んで多くの新制大学で第2外国語として採用されるにいたり,また,種々の語学機関や放送,レコード,テープを通じての教育・学習が盛んになったことにより,フランス語学習者の数は戦前に比べ飛躍的に増大した。…
※「外国語教育」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」