等々力孫一郎(読み)とどろき まごいちろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「等々力孫一郎」の解説

等々力孫一郎 とどろき-まごいちろう

1761-1831 江戸時代中期-後期の治水家。
宝暦11年生まれ。信濃(しなの)(長野県)安曇郡(あずみぐん)柏原村庄屋奈良井川から烏川堰(からすがわぜき)にそそぐ水路開削を計画。寛政2年ごろから測量をはじめ,白沢民右衛門らと協力して文化13年,10ヵ村にまたがる16kmの灌漑(かんがい)用水路(拾ケ堰(じっかせき))を完成させ,1000haの新田をひらいた。天保(てんぽう)2年5月20日死去。71歳。本姓中田

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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