米光 光正
ヨネミツ ミツマサ
大正・昭和期の金工家
- 生年
- 明治21(1888)年5月1日
- 没年
- 昭和55(1980)年3月29日
- 出生地
- 熊本県熊本市
- 本名
- 米光 太平(ヨネミツ タヘイ)
- 経歴
- 小学校卒業後、母の弟で象嵌師であった叔父・吉太郎に入門し、肥後象嵌を学ぶ。大正6年光正と号す。40歳の時独立。日本刀の鉄鐔に九曜桜、乾海鼠(ほしこ)などの模様を透かし彫りする技術を体得、近来の名工といわれた。昭和40年“肥後象嵌・透”が国の重要無形文化財に指定され、自身も人間国宝に認定された。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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米光光正
よねみつみつまさ
(1888―1980)
金工師。熊本生まれ。本名太平(たへい)。肥後金工神吉(かみよし)派門下の叔父田辺吉太郎に15歳で入門、刀装金具の彫金術を学ぶ。1918年(大正7)以降、商工省主催の全国工芸展で入選・入賞を重ね、59年(昭和34)熊本県の無形文化財保持者に、65年には「肥後象嵌(ぞうがん)・透(すかし)」の重要無形文化財保持者に認定された。肥後金工は細川氏入国以来栄えてきた伝統ある象嵌・透彫り技術で、鉄の錆(さび)色と金銀象嵌の配色に独特の味わいをみせ、おもに鐔(つば)や鉄砲に施されたが、近年では花瓶のほか帯留、ネクタイ留めなどもつくられている。
[小笠原信夫]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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米光光正 よねみつ-みつまさ
1888-1980 大正-昭和時代の彫金家。
明治21年5月1日生まれ。15歳で肥後金工神吉(かみよし)派門下の叔父田辺吉太郎に入門。日本刀の鐔(つば)の装飾技法である肥後象眼の伝統をうけつぎ,錆(さび)付け仕上げの技術にもすぐれ,昭和40年肥後象眼・透(すかし)で人間国宝となる。昭和55年3月29日死去。91歳。熊本県出身。本名は太平。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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