紀逸(読み)きいつ

精選版 日本国語大辞典 「紀逸」の意味・読み・例文・類語

きいつ【紀逸】

  1. 江戸中期の俳人。慶氏。江戸の人。幕府の御用鋳物師椎名兵庫(伊予)の次男白峰祇空(ぎくう)らの教えを受ける。江戸座宗匠として点者活動にも熱心で、高点付句集「武玉川」ほか多数の編著がある。二世は四時楼慶紀逸英窓、三世は是非庵平什(奇々庵巻紀逸)、四世は奇々庵藤紀逸がそれぞれ継いだ。元祿八~宝暦一二年(一六九五‐一七六二

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ) 「紀逸」の意味・わかりやすい解説

紀逸
きいつ
(1695―1762)

江戸中期の俳人。本名椎名件人(しいなかずひと)。通称兵蔵。慶(けい)氏を称す。別号四時庵(しいじあん)、硯田社(けんでんしゃ)、倚柱子(いちゅうし)、自生庵(じしょうあん)、短長斎(たんちょうさい)、十明庵(じゅうみょうあん)など。幕府御用御鋳物(いもの)師、椎名兵庫(伊予)の次男で、鋳物師として椎名土佐を名のった。不角(ふかく)、白峰(はくほう)、祇空(ぎくう)などに俳諧(はいかい)を学び、四時庵として独立。さらに、1740年(元文5)江戸座宗匠のグループに加わり、俳諧点者の生活に入る。50年(寛延3)高点付句集『武玉川(むたまがわ)』を選んで、軽妙洒脱(しゃだつ)な江戸風を大いに広めた。編著に『平河文庫(ひらかわぶんこ)』『吾妻舞(あづままい)』『雑話抄(ざつわしょう)』などがある。江戸谷中(やなか)・竜泉寺に葬る。なお、紀逸の号は代々継承され、4代幕末に及ぶ。

[岩田秀行]

 うつり気の一口づつや花の蝶(てふ)

『前田雀郎著「慶紀逸と『武玉川』」(『川柳探求』所収・1958・有光書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「紀逸」の意味・わかりやすい解説

紀逸 (きいつ)
生没年:1695-1762(元禄8-宝暦12)

江戸中期の俳人。姓は慶。四時庵,自生庵,十明庵,硯田舎,竹尊者,倚柱子などと号す。神田の鋳物師で本名は椎名土佐。1740年(元文5)に江戸座の点者となり,高点句集《武玉川(むたまがわ)》を続刊して時流に投じた。都会的人事句の流行は,のちの俳諧味も尊重した川柳評に大きく影響した。編著《黄昏日記》《雑話抄》《歳花集》《吾妻舞》など。俳文和詩にも長じていた。〈二夜啼一夜は寒しきりぎりす〉(《武玉川》)。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「紀逸」の解説

紀逸 きいつ

慶紀逸(けい-きいつ)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の紀逸の言及

【武玉川】より

…俳諧高点付句集。1750年(寛延3)から56年までに10編,以後《燕都枝折(えどしおり)》と改題して5編,紀逸撰。1771年から76年まで2世紀逸撰で3編,計18編となる。…

※「紀逸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android