紙子谷遺跡群(読み)かごだにいせきぐん

日本歴史地名大系 「紙子谷遺跡群」の解説

紙子谷遺跡群
かごだにいせきぐん

[現在地名]鳥取市紙子谷

郡家(こおげ)町と境を接する津(つ)ノ井(い)丘陵の西端に位置する。昭和六二年(一九八七)に調査され、弥生時代後期の墳丘墓二基と奈良時代の瓦窯跡一基が検出された。長方形を呈する二基の墳丘墓は標高五五メートルの尾根上に立地し、一号墓は長辺二四メートル、短辺一八メートル、高さ一・二メートル、二号墓は長辺一二メートル、短辺八メートル、高さ〇・七メートルであった。いずれも地山の整形によって築造され、外表施設はみられない。一号墓から二六基、二号墓から一〇基の埋葬主体が検出された。いずれも木棺直葬と考えられるもので舟形・箱形など数種類の木棺型式があり、主要な埋葬主体には水銀朱の使用が認められた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む