20世紀日本人名事典 「美土路昌一」の解説
美土路 昌一
ミドロ マスイチ
- 生年
- 明治19(1886)年7月16日
- 没年
- 昭和48(1973)年5月11日
- 出生地
- 岡山県津山市
- 学歴〔年〕
- 早稲田大学英文科〔昭和40年〕中退
- 経歴
- 明治41年朝日新聞社に入社、2年後、代々木練兵場で行われた日本初の飛行テストを取材して航空に興味を持ち、以後航空関係者と親交。上海、ニューヨーク特派員、社会部長、整理部長、通信部長、航空部長などを歴任し、昭和9年編集局長に就任、紙面の改革、報道倫理の向上につとめた。10〜20年取締役。この間、8年から3年間は航空部長を兼務、神風機による亜欧連絡飛行を実現させた。戦後は失職した民間航空関係者の救済に奔走し、日航より1年ほど早く、27年に日本ヘリコプター輸送会社を設立。32年には同社と極東航空を合併して全日本空輸を発足させて初代社長となり、36年会長に退いた。その後39年から42年まで、内紛が続いていた朝日新聞社の社長を務める。著書に「社会と新聞」「明治大正史―言論篇」。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報